レンリン詰め合わせ
「え、鏡音?」
そうだよそうだよ鏡音だよ!か、が、み、ね!荒い呼吸をそのままに、カーキ色のセーターの袖を捲り上げ序でに俺と対している見たこともねえつか印象にも残らねえ誰だよ貴様何て感じまあ要するに取るにも足らん第一印象を見受けたそいつに例のあいつを出すよう捲し立てた。此処まで悲鳴を上げる足裏に無理を強いて猛ダッシュした為に、温もりを帯びた雫が頬を掠めて行く。余程熱を上げているからか、早口で纏まりの無い発言をくり返さざるを得ない俺とそいつで同じやりとりを数度交わしてるウチに漸く何時も通りに呼吸出来る位には至ったから、まあ、今はヨシとしよう。粗ぶる心臓に対し、普段通り呼吸が出来ないシチュエーション何てものは酷が過ぎる。妥協点が低すぎる気もするが、この位でないと只今の学園生活やって行けない。にしても疲れた。ここまでたどり着くのにどんだけ俺頑張ってんだよ!
一度改めて呼吸を置いて、大きく肩で息を溜めれば落ち着いた素振りを意識しつつ唇を開く。潰した上履きの踵を更に潰しながら、強く眼差しをそいつに向けた。
「っだーから鏡音、」
「鏡音ってだからお前以外の鏡音って言うとリンちゃんしか居ない筈なんですけど」
「だからそいつだっつってんだろ!何度言わせりゃいいんだ、鏡音リンを呼べって言ってんの!」
「はぁ?何でお前がリンちゃんを呼ぶ訳?イミワカンネー、お前だってついこないだ鏡音リンのバカ野郎とか何で同じ名字してんだよあんな奴とか散々言ってたじゃんか」
「くっそメンドイな、だからもうンなの今は良いからとりあえず鏡音リンを此処に呼べって言ってんだよ!」
「…ッしょーがねえ、な…!」
もう落ち着いた素振りを意識してとかそんな遠回しに格好良さを気取ったことを言ってる場合じゃない。数度と無くしつこい口調で強請る俺に漸く観念したのか、そいつ(上履きの先端にイノウエと言うあ行盛り沢山な4文字が乱雑に連なっていた。そうか、イノウエ君か。やはり知らない奴である)が踵を返して教室に戻って行く。其の後姿を睨みつけながら、本日数度目の深い吐息がチャイムに紛れた。やべ、もうこんな時間かよ。一応転校生という名目上、成績は置いておいても教師の受けは良いに超したことはない。仕方ねえ、決着と言うかシメるのはまた今度にしておくか。そう決め、イノウエ君の横顔を最後に自分の教室へと視線を向けた正にその瞬間であった。イノウエ君が占領していた筈の其のクラスに於いての視界に、これ以上はありえませんって位の満面の笑顔が遅ればせながら溢れている。鏡音リン。
…コイツ、人を、どれだけおちょくれば、済むんだ…!
「て、めえ、…!」
「おっはよー鏡音レンくんっ」
「…白切ってんじゃねーぞ鏡音リン…!」
あはは、なんのことおー?そんな科白がぴったり嵌る様に、にこにこと絶え間なく野郎共卒倒ものの笑顔を浮かべ続ける鏡音リン。治めかけていた怒気が沸々と煮え滾っていくのが俺自身手に取る様に実感できた。拳を握りしめ、流石に女に手を上げる訳にはいかねえから(こういうとこは全く以て俺はナイスだと思う)混沌とした感情を押し殺す。としていれば一瞥した先に、両腕を背後で組んだ鏡音リンが余裕を保ちながら緩い笑みを絶やさぬ侭に小首を傾げていた。俺は知っている。コイツはこのポーズを取ればどんな男をも落とせると自負しているのだ。いやそれは正直強ち間違っていないが、ココで俺が先程のイノウエ君と同じく掌中に落ちてはいけないのである。
開け放たれた手動式の扉の淵に右手を掛けて目前の少女の碧眼を渾身で睨み付ける。それでも眉一つ動かさず表情を彩り続けるコイツはやはり、どうしようもなく手に負えないタイプで。そんな鏡音リンに目を付けられた俺に勝ち目は無いとしか思えないが、ここは、やるしか、ない。俺も漢だ。勝利の女神さん、お願いだから微笑んで下さいよ、頼むから。
チャイムの音が鳴り終わる。俺らの勝負はまだ始まったばかり。