ロング・グッドバイ
「ッってえな、どこだここ」等のひとりごとを挟みつつ、とりあえずも起き上がり、自分の怪我の様子を確かめ(ちなみに平和島の左腕には仰々しい包帯が巻かれていた。折原は自分のナイフがたしかにヒットしていたことを確認しひっそりとわらう)、そしてたぶん確実に、隣のベッドに眠る折原を、「見た」。
三点リーダ一分分ほどの沈黙。さわやか、としか言えないような風が折原のベッドの真横の大きな窓からぶわりと吹きこみ、薄く直射する陽光は、まぶたの中身を虹色にきらめかせている。あざやかに香るのは何の植物のにおいだったか。錆びかけた、いかにも保健室然としたベッドのきしむ音は隣から。
まだ眠気の少しばかり残るような未覚醒の状態で、五限の保健室は、限りなく穏やかなノイズにつつまれ静寂の余韻を耳に残す。平和島はたぶん、上半身だけを起こした状態で、シーツを適当にまくりながら、覚醒していないと思い込んでいる喧嘩相手に声をかけた。
それはどうしてかいつもより、少しだけ穏やかな声と音質で。
「臨也ぁ。起きてるのか。覚えてはないけどな、どうせこの怪我作りやがったのお前だろう」
出会ってからほぼ悪意の向け合いしかしてこなかった折原にとって、平和島のその、実は低くて落ち着く声は、はじめて耳にするものでもあったのだけれど。
三点リーダ30秒分ほどの、沈黙。ばれない程度に薄く目をひらくと、着崩れた制服を直しもせず、左腕に包帯を巻いた平和島が、まぶしそうにこちらを見つめているのを視認した。陽光は折原の背後から照るともなしに拡散している。臨也は逆光による戦闘上のメリットを虎視眈眈と計算しながら、未だに殺気や怒気をこちらにぶつけてくるでもない、平和島を不審げに「待って」いた。
(やっぱり女子供、ずたぼろに敗北した怪我人に手出しはしないって噂は、本当か……ってそしたら俺、ずたぼろに敗北した怪我人なわけかな。心外だなあ)
「ッチ、」
微かな、街灯の下でひそやかに煙草に火を点けるような、舌うちの音と頭を掻くような音がしたと思ったら、寝ている状態の折原のまぶたに、近くに人が接近する影がにわかにおちた。
もしかしたら平和島と、こんなに物理的な距離を縮めるのははじめてのことかもしれない。