二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

ブギーマンはうたえない〈3〉

INDEX|3ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

『おまえは何も心配することねーよ。俺のことは気にしないでいーから』
『嫌だよ。俺は兄さんがいればそれでいいんだ。だから俺のために何か危ないことをするつもりならやめてほしい。…俺は、きっと許さないよ』
『幽…』


シズオの弟の怒りが流れ込んでくるように、またシーンが暗くなって、闇になる。
闇の中にはおれがいて、おれのまえに蹲るシズオがいて。シズオはおれがいることにも気づかずにただ俯きながら顔を両腕に伏せている。
シズオは何も言わなくて。でも言わなくてもおれはしっている。
欲しくもない力で恐れられて、少なからずいた部下も失って、最愛である弟とも離れ離れになって。


――独り――。


(知ってはいるけど、理解はできない)


痛みや苦しみが綯交ぜになったその感情の名を、言葉を知ってはいるけれど与えられたこの意識では理解することができない。
どうして理解できないのか、どうしておれはシズオなのにシズオにはなれないのか。それはおれには"過去"というものがないから。これは"過去"であっても、おれではなく、シズオのものだからか。
こんな夢を見せられながら、おれはどうしようもできない。
そして。


――♪――


(!)


うた。


―♪―♪♪―――、―♪――


これは、シズオの記憶?
あたたかい。とても。そんな感覚さえ知らないのに。でも、どこかで聴いたことのあるような。


―――♪、――♪―――


どうしてきみは。
どうしてそんなに、やさしくうたえるんだろう。










***



ぱちりと目が覚めて、あたりが明るいことを知る。
人工的な明るさではない。窓から差し込む暖かい感触に、もう朝になったのだと津軽はむくりと身を起こした。


「あ、津軽起きた?」


起きるとタイミング良く寝室の扉から新羅がひょこりと顔を出してきた。
いつの間に帰っていたのだろう。と、それよりも津軽より帰りは多分に遅かった筈だろうにちゃんと寝たのだろうか。でも顔を見るからに溌剌としていて寝不足というわけでもないように見える。それとも、元々科学者である彼は徹夜などはお手の物なのだろうか。


「煙草ふかしながら寝ちゃ駄目だよ~? 僕が帰ってきたとき床がこげついていたからね。まあ火事にならなかったのはこれ幸い…、でも君だったら別に火事になったとしても白河夜船、きっと平然として眠っているんだろうねぇ」
「…お帰り、新羅」
「おっとただいま津軽ー! あと君が寝ている間にログ解析させてもらったんだけど、昨日行った場所はどうやら当たりだったのかな?」
「うん…。なんか変な電波みたいなのに邪魔されて、おれの眼でも見えなかったからどうかわからないけど…。怪しいと思う」
「なるほどなるほど。まあ安心してくれよ。その電波とやらも君の受けた情報を元になんとか攻略できそうだからさ!」
「……、新羅。おまえちゃんと寝たのか?」
「え、寝てないけどどうして? あ! もしかして心配してくれてる!? あああなんか自分の子供から初めて父の日に自分の似顔絵のプレゼントをもらったようなこのほのがゆい嬉しさ! あっセルティ浮気じゃないよ断じて! 僕は君と以外に子供なんて作る気はけっして死んだっていや死んで生まれ変わってたとえキリギリスみたいな虫になったとしてもありえないからね!」
「……誰と喋ってるんだ新羅?」


任務失敗を咎められることもなく、そんなことは眼中に無いとでもいうように大きな身振りで誰かに祈るようにわめく新羅を見てひとまず安堵を覚える。と、その焦げたという床と落ちた煙管が目に入って、津軽は煙管を拾いサイドテーブルに置いた。眠くなったとこまでは覚えているが、本当にそのまま眠っていたらしい。火事になったら新羅が帰ってくるところもなくなるので火事にならなくて本当に良かったと思う。
と、そこまで考えてふと津軽は思う。新羅には帰る場所がある。前に聞いたことがあるが新羅はセルティという彼の奥さんを国に残しここに来ているのだ。大切な人と離れてまで自分の任務に付き添ってくれている。もしかしたら、新羅ならばあの夢で見た、シズオの感情も理解できるのだろうか。


「あ、今日は午後から舞台リハ始めるみたいだよ。それまでに君のそのサーチにもちょっと改良を加えて…」
「新羅」
「ん、なに?」
「新羅は、"さみしい"か?」
「へ?」


寝起きだからか突然変なことを聞いてきた津軽に、新羅は扉の前で少し固まってしまった。津軽は人間ではない、のに。でも今の質問は人間そのもののようで、強いて言えば戸惑いを覚えるには充分に衝撃的な質問だった。
津軽は表情も無く問うた答えをジィと待っている。これは学習として平凡的な答えを口に出せばいいのだろうか。だが津軽の質問の意図としてどうも、その言葉を初めて知ったけれどどういうものだか分からないといった体だ。そんな戸惑いを持つ彼に、取り繕った答えを出していいものだろうか。どう答えたものかと新羅はぽりぽりと頭を掻くと、扉にその背を預けて少し苦笑しながら、ここはやはりと津軽に自分の正直な気持ちを答えた。


「うーん、さみしくないと言ったらちょっと嘘になるかもね。僕が傾ける愛の全てはセルティへのものであって、セルティ以外には有り得ない。そして僕はセルティの愛を求めているから、そのセルティが今ここにいない事実を思うと今にも胸が裂けそうに痛いんだよ」
「裂けるのか。それは困るな」
「いや、物理的には裂けないからね。それは僕も困る。裂けるぐらいの擬似的痛みを感じるほどには辛いってことかな」
「さみしいは痛い…。そう、か」


シズオの夢でも一致するところがある。全身にひしめくような、特に胸にかかる痛みが強かった。痛くて痛くて、でもどうしようもなくて蹲るしかなくて。闇の中独り、シズオはずっと痛みと戦っていたのだろうか。


「でも急にどうしたの津軽? 君にそんな情報与えたかな俺」
「……」


予想もしない不可思議な質問に、新羅はいつの間にか一人称も変えて素直にその理由を問うてくる。
津軽は一度迷って、でも聞いた手前もあるし、そして自分の生みの親でもある新羅ならば話すべきかもしれないと。躊躇いながらもたどたどしく自分が最近よく見る夢のことを説明した。
それを聞いた新羅は扉に寄りかかりながら腕を組んで、再び「うーん…」と唸りながら斜め上を見つめて考え事を始めてしまう。


「確かに夢というのは記憶の整理ともいうけど、…でもなぁ、う~ん…?」
「新羅…?」
「あ、いや、なんでもないよ。…で、津軽はシズオがさみしかったんだけど、でもその"さみしい"がわからなかったんだね」
「うん」


こくりと頷く津軽に、新羅はまた少し考えて。そして扉から背を浮かすと津軽の元まで歩いて津軽の隣にすとんと腰を下ろした。
どうしたんだと津軽が隣に来た新羅に首を傾けると、新羅は困ったように微笑えんでから津軽の頭をぽんぽんと叩く。


「津軽、俺はね。さっきさみしいって言ったけどでもそればっかりじゃないんだよ」
「そればっかり?」
「そう。津軽がいるから、今はさみしくないしね」
「おれ…?」
「うん。ここのね、胸の痛いのがちょっと和らぐんだ」