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Storms

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「いや、悪い。ちゃうんよ、岳人を笑ったんちゃうねん。自分があんまりアホらしゅうこと考えてたんに気付いておかしゅうなったんや」
 忍足は宥めるように岳人の頭を撫でる。
「ありがとおな岳人。俺ほんまいらんことまで考えすぎてたみたいや」
 肩の荷が下りたような清々しさでしみじみと云う。
「だろ?この岳人様のいうことに間違いはないんだぜ!」
 得意気に胸をそらす岳人にまた軽く笑い、忍足はさて、と呟き踵を返そうとする。
「侑士、どこ行くんだよ?」
 忘れ掛けていたが今は練習中だ。この後は宍戸・鳳ペアとザッピングして打ち合わねばならない。
 けれど忍足は、そんなことは忘れたとでもいうような晴れやかな笑顔で、
「仕切り直しや。跡部にもう一回云ってくる」
 軽く手を振ったと思ったら、急ぎ足でもうコートから出てしまっている。引き止める間もなく立ち去った相棒に呆れた顔をして、岳人は苦笑った。
「がんばれよ」




 てっきり準レギュラー用のコートに居るのだと思っていたら姿はなく、結局見付けたのは部室だった。いつも一緒にいる樺地の姿が見えない。何か用を頼んだのだろうが、いずれにせよ好都合である。
「そこに突っ立ってないで入ったらどうだ」
 扉を開けたまま入り口で佇む忍足に、跡部は顔も上げずに云う。眼は、手元にある書類から離れることはない。
「それ、なんの書類なん?」
「レギュラーを除く部員全員のデータ報告書だ。さっき見回った時に班長達から渡されたんでな」
 いくら跡部が有能でも、二百人も一度に指導するのは不可能だ。どうしても眼が行き届かない処が出てくる。それを避けるため、かつ効率を良くするために、準レギュラー以下を適当に分割し班を組ませ、その上に班ごとにリーダーを置きその班長に各班の選手データの報告書を作らせていた。跡部は持ち寄られる報告書を目安に、実際に選手を見、判断し指導している。きっと今読んでいるのはそれに違いない。
 忍足は一人納得し、跡部の対面に当たる椅子に腰かけた。
「なあ跡部、話あるん」
「急ぎじゃなければ後にしろ。俺様は今忙しい」
 にべもなく突き放す跡部に怯み掛けるが、ぐっと腹に力を込めて堪える。
「大事な話やねん。今云わんと、もうずっと云えんかもしれへん」
 強い決意が滲む忍足の物云いに、跡部が怪訝な顔をした。
「なんだ改まって。まあいい、云ってみろよ」
 ようやく書類から眼を離し、顔を上げた跡部の眼に忍足の姿が映り込む。そのことに胸を高鳴らせながら、忍足は告げる。
「今更やて、思うかもしらんけど俺、……俺、跡部が好きやねん。せ、せやから俺と付き合うてください…………」
 最後は跡部を見ていられなくて眼を閉じ云い切った。しかし、暫くしても一向に跡部からの返事がない。
「…………?」
 忍足はそろそろと眼を開け、恐々跡部の顔を見て逆に眼を見張った。
 跡部は驚いていた。それはもうこれ以上はないくらいに。大きな眼はそれ以上開かないと思える ほどに開き、唇はぽかん、と、彼らしくなく間抜けに開かれていた。
「…………え?」
 それしか言葉はないかのように、声を絞りだして問う。
「え?って、……せやから、俺と付き合ってくださ」
「つか遅えんだよってめえは!」
 すぱーんと小気味良い音を立てて、跡部は忍足の頭を殴った。
「あたっ!な、何すんねん跡部」
 打ち処が良かったのか、平手打ちだったにも関わらず痛みが余韻を残して頭に響いている。忍足は殴られて左側頭部を撫でながら、やや涙目で跡部に訴えた。しかし当の跡部は偉そうにふんぞり返り鼻を鳴らして、
「ああ?何か文句あんのか」
 眼に剣呑な光を滲ませ、鋭く忍足を見る。
「……い、いえ。滅相もございません……」
 まるで蛇に睨まれた蛙である。とにかく非常に怒っているらしい跡部の様子を窺いつつ、忍足は何故こんな状況になったのか、内心首を捻った。それが伝わった訳ではないだろうが、実にタイミング良く跡部が話しかける。
「おい忍足」
「は、はい何でしょう?」
 跡部は、わたわたと落ち着かない態度の忍足に眉を顰め、少し息を吐いた。そして一言、
「腹は括ったのか」
 忍足はきちんと跡部に向き直り、姿勢を正す。
「ごめんな、跡部。でも俺、お前のことが好きや。でも怖かってん。男同士なんて、こんな世間で 異常に思われることにお前引きずり込んでええんやろか、て。自信なかったんや……」
「自信?」
 聞き返す跡部に、忍足はこくりと頷く。
「跡部を幸せにする自信」
 ゆっくりと呟く忍足に、跡部はなんとも云えない呆れた表情をした。
「忍足……、お前ってほんと馬鹿だな」
「馬鹿云わんといて」
「馬鹿じゃなければ間抜けだ。てめぇ、何時俺がお前が好きだって云ったよ?」
「……云うてへん」
「じゃあなんでお前と付き合うこと前提で話が進んでんだ?順番が逆だろうが。まず俺の話を聞いてから落ち込め」
「えっ、俺振られるん?」
「…………良い度胸だな貴様。振られることはねえって思ってんのか?」
 心底呆れた、というように天井を仰ぐ跡部を見て、忍足はでも、と言葉を挟む。
「でも、跡部も俺のこと好きやん」
 それは小さく、聞き取り難い声だったが、跡部には正確に伝わったようだ。
「ほんと、どっから湧いてくるんだその思い込み」
「思い込みちゃうよ!絶対絶対跡部は俺のこと好きやねん。せやろっ?」
 必死で机に身を乗りだして迫る忍足に、跡部は面白いものを見るように顔を歪ませる。忍足はそんな跡部を真っ直ぐに見て、ゆっくりと呟いた。
「好きて云うて」
 跡部はふっと笑うと、徐に忍足の頬を抓んだ。
「……あんさん何してますの」
 人が一生懸命口説いている最中だというのに。
「誰が云うか。バーカ」
 実に、実に楽しそうに嘯く跡部に、忍足はみるみる情けない表情で、「そんなあ……」とぼやいた。そんな忍足の頬を気の済むまで抓んだ後――忍足はショックのあまりされるがままだ――、気を取り直して忍足に向き直る。
「というより、自分でも判んねえってのが正直な処だ。そりゃ驚いたし、お前の正気を疑ったりもしたが、厭だとは思わなかったからな。お前を好きかどうかなんてまだ判らねえし、今後もどう転ぶか判らねえ。けど、嫌いじゃねえから、そうして欲しいなら付き合ってやらんでもない」
 お前、結構面白いし。
「ほ、ほんまに……?」
 色気の欠片もない返事ではあるが、了承は了承である。忍足はその言葉で一気に視界が広がったような感覚を覚えた。じわりじわりと嬉しさが込み上げて、強張っていた顔に笑みが浮んでいく。跡部は忍足のその表情を見て、仕方がない、とでも云いたげな顔で苦笑した。
「い、今更前言撤回なんて云うても聞かへんからな!返品・返却もお断りや。そんで、そんでもう絶対跡部んこと離さへんから、覚悟しとき」
 云いながら、間に挟んでいた机を回り込んで、忍足は跡部を抱きしめた。ようやく、夢にまで見た跡部の匂いにうっとりとしながら、
「早よ、俺んこと好きになってな?」
 項に顔を埋め囁く。
 それはお前次第だろう?と云う跡部に少し笑って、忍足は幸福感に眼を細めた。




 ある日手に入れた、たった一滴の「毒」。
作品名:Storms 作家名:桜井透子