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恋を思って死ねたなら

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8.

 次に目を覚ますと、レンの視界は白い天井で埋め尽くされた。自身の身体から多くの管が出ている。ふと視線を逸らすと、あらわになった腹部の内部構造が見え、瞬時にレンは頬を赤くした。
 腹部から胸部にかけて、ぱっくりと開いている。内部の構造を覆っていた皮膚組織が取り除かれている。入り組んだコードと、機関、そして、それに繋いである色とりどりの管。眺めていると羞恥でどうにかなりそうだった。こんな姿であるところを誰にも見られたくない。
 どうにかして内部を隠したい気持ちに襲われ、動こうとしたが、レンの身体は思ったとおりには全く動かない。指に力を込めても、足に力を込めても、ぴくりともしなかった。唯一動くのは瞳だけで、レンはどうしようもなく、ただ瞳を忙しく動かして事態の理解に努めた。

 白い天井は目映い。電光が目に痛いくらいだった。視線を動かすと、遠くの方に扉がある。厳重な、重めかしい感じのする扉だった。窓は無い。近くに色々な電子機器が置かれていた。電子メスを見つけ、これで皮膚組織を切られたのだろうかと思案を巡らせる。
 ふと、レンが瞳をめぐらせている最中に、空気が抜けるような音がして、扉が開いた。白い大きな防護服のようなものに身を包んだ誰かが入ってくる。二人だ。
 二人はレンの近くに立ち止まった。レンは内部を見られないようにと必死で身体を動かそうとするが、やはり先ほどと同様に、どんなに力を込めてもどこも動くことはなかった。一人──背が高い方が、レンの内部を指差す。防護服に包まれているが、それでも顔を仰ぎ見ることは出来た。一人は男で、そして、もう一人はレンのマスターだった。

「マスター」

 唇を動かすと、かすれたような声が出た。マスターがびくりと震えて、レンを見つめる。その表情に悲痛な色が混じっているように思えて、レンは笑おうとする。瞬間、胸の辺りでばちりと音がした。部屋に響いた音は無機質な感情を持ってレンの耳に届く。直後、レンの身体に痛みが駆け巡った。
 痛い。叫びそうになるのを抑えて、レンはぎゅっと目蓋を閉じた。男の声が聞こえ、それからマスターの涙交じりの声が耳を突いた。次に目蓋を開いたときに、レンは胸から立ち上る薄い煙を見つけた。
 羞恥の心も消え、凝視するように煙の先を見つめていると、男がレンに向き直った。低い声が、説明するように言葉を紡ぐ。

「回路が外れたり、焼ききれていたりしますね。このままだと壊れてしまうかもしれません。直しますか?」
「お願いします……」

 か細い声が聞こえた。マスターの声だった。泣きそうな声だと、そう思ったが、それよりもレンは男の言葉に集中していた。

「これは酷いですねー。このボーカロイドを強く叩いたりしたことはありますか?」

 淡々と紡がれる言葉に、レンは感情がかっと熱くなるのを感じた。何を言っているのだろうか、この男は。マスターが言葉を口にするよりも早く、レンは怒鳴るように言葉を口にした。

「マスターがそんなことするわけないだろ!」
「……、そうか。じゃあ君に聞くけれど、君は最近強い衝撃を受けたこととか、あるかな」

 子どもに言い含めるような、ゆったりとした口調に、レンは眉を潜める。何を訊いてきているのだろうか、この男は。人の内部をじろじろと眺めて、指先で触れてきたりして。羞恥心よりも何よりも、不快感がレンの胸に広がる。文句を言おうと口を開いた瞬間、マスターが遮った。

「レン、何か、例えばこけたりとか、した?」
「……、その、前にちょっと転んだ、よ。でも、システムスキャンしたし、ちゃんと確認して、なんにも異常がないから、報告とかはしなくていいかなって、思った」

 男がマスターを見る。「システムスキャンなどのプログラムも壊れている可能性がありますね」という声が聞こえ、レンはなんのことだろうかと、男を睨みつける。壊れているとはどういうことだろうか。よくわからない。よくわからないが、それでも、この男の傍には居たくなかった。そもそも親しくもないのに、そして見せると許可したわけでもないのに、勝手に内部を見つめられるのは気分が悪い。レンは男をねめつけるように見つめた。
 マスターが、レンの名前を呼んだ。顔に浮かんだ感情を払拭し、レンはマスターを見つめる。マスターの指先が、レンの頬に触れた。いとおしいものに触れるような手つきで、そっと頬から顎先にかけて撫でられる。くすぐったくて、笑うと、胸元からもう一度ぱちんと音がした。瞬間、マスターの指先が頬から離れた。

「あ、ご、ごめんね、レン」
「なんで? よくわかんないよ、マスターなんで謝罪をするの?」
「うん……、うん」

 マスターはレンの言葉に、悲しそうな表情を浮かべて頷く。

「レン、あの、レンの修理するから。もう痛くならないから、大丈夫だからね」
「修理? なんで? おれ、悪いところなんて無いよ。帰ろうよ」
「ううん」

 緩慢に首を振り、マスターはそっと目を伏せた。こげ茶色の瞳が白い目蓋に隠れてしまって、なんとなく残念だなとレンはマスターの言葉を待つ。
 マスターはいいにくそうに、言葉を選んで、ぽつぽつと言い募る。

「レン、胸が痛くなること、あったでしょう」
「……うん、でも、おれ、知ってるよ。あれ、恋してるからなんだよね。マスターに、おれ、恋してるから、胸が痛くなるんだって。理解したんだよ」
「違う、違うんだよ、レン。恋してるからじゃないの」

 え、とレンは唖然とした表情でマスターを見る。マスターの声は震えていた。

「レンが転んだときに、色々な機関とかが壊れちゃったんだよ。回路が外れたり、千切れたりして。だから、レンの胸が痛くなったの。でも、大丈夫だからね。もう治すから。痛いの我慢しなくてもよくなるんだよ。気付かなくてごめんね」

 マスターの発する言葉の意味が、レンには上手く飲み込めなかった。瞬きを繰り返して、何度も呼吸をして、それから、マスターの言葉の意味を理解しようと、語句を一つずつ咀嚼していく。
 転んだときに機関が壊れた。回路がちぎれた。だから胸が痛くなるようになった。

 理解すると同時に、レンは自身の身体の体温が急速に冷えるのを感じた。何を言っているんだろう。壊れたから胸が痛くなった、なんて、嘘だ。この痛みは恋しているからなんだ。だってマスターだって言っていたじゃないか、恋は痛いものだって。恋は痛いもので、おれはマスターに恋をしていて、だから胸が痛くなって──。
 脳裏を言葉がぐるぐると回る。言い募ることもできなかった。マスターを責めるような物言いになることが怖くて、レンは口を閉ざす。

 痛みが恋ではないというのなら、恋だと信じていた気持ちは、嘘になるのだろうか。おれの気持ちは全て嘘なのだろうか。痛いのが恋だと信じて、マスターに恋していると思い込んで、それが全て、全部、嘘なんて。
 よくわからない感情の奔流がレンの身を襲う。うそ。嘘。嘘。嘘。嘘──。
 頭の中でその一文字だけが回る。どうしようもなく辛い。叫んで否定できることが出来たらどれだけ楽なのだろうと、頭の片隅の冷静な部分でそっと考える。

「レン、今から治療を行うからね。絶対に治るらしいから、安心していいよ」
作品名:恋を思って死ねたなら 作家名:卯月央