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恋を思って死ねたなら

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4.

「今日はマスターの帰りが遅いんだって」

 メイコが手に持った受話器を下ろしながら、リビングに居るボーカロイド全員に聞こえるような声量で言う。
レンは本を読んでいた手を止め、メイコへと視線を向けた。テレビを見ていたリンとミクが不満を漏らすように「えー!」やら「やだー!」やら言う声がレンの耳を打った。メイコが顔をしかめ、腰に手をあてて僅かに怒気を孕んだ声音を出す。


「やだー、じゃ、ないの! とりあえず、しょうがないわね、もう寝る?」
「えええ、メイコさんはどうするのー?」

 リンが純粋な疑問で口にした言葉に、メイコは僅かに考えるような仕草を取ると、そのままそっと笑みを零した。

「あたしは起きてるわよ。一人くらい起きていないと、マスターがかわいそうじゃない」
「それなら、わたしもおきてよっかなー」

 メイコの言葉に、リンと同じくテレビを見ていたミクが、テレビから視線を逸らさずにぼんやりと呟く。テレビには見目のいい男女がうつっていた。リンとミクが二人して並んで見ているから、きっと恋愛物なのだろう、とレンはテレビへ向けていた視線を、そっと自分の手元へ落とす。文字を目で追う間にも、メイコやリン、ミク──そしてカイトが話し合う声は耳朶をついて、よく響いた。

「じゃあ、リンもリンも! ついでだし、マスターのためにご飯作るー!」
「わあ、楽しそうだね。おれも混ぜてよ。ご飯を作るぐらいなら、手伝えるよ」
「ちょっと、あんたたち……」

 メイコが溜息をつく音が耳朶を叩く。そして、直後、ミクの高らかな声が響いた。

「レンくんはどうしますか?」

 名前を呼ばれ、手元へ落としていた視線をレンは上げる。青緑色の瞳が、らんらんと輝きながらこちらを見つめているのに気づいた。ミクはそのまま、嬉しそうに締まりの無い笑みを浮かべると、もう一度、問いかけるように「どうします?」と口にする。

 どうする。マスターが帰ってくるまで起きているか、否か。ほんの少しだけ眉根を寄せて、それからレンは本を閉じた。ぱたん、と紙同士が重なり、綴じる音が響く。

「おれも、起きてようかな、と思ってます。ご飯作るの、手伝うよ」
「レンも? やったー、じゃあさあ、何作るか決めようよ。みんなで。ね!」

 リンは笑い声を微かに含ませながら、嬉しそうに言葉を紡ぐ。メイコが受話器の前で立ち尽くしながら、やれやれといったように首を振るのが見えた。

 何を作るかは直ぐに決まった。マスターの好きなものを作って、みんなでお出迎えして驚かせてやろう、というリンの言葉に反論を唱えるものは居なかった。マスターの好きなもの。マスターが好んで食べるものは、レンの頭にすぐに思い浮かぶ。他のボーカロイドたちもそうだったようで、皆、一人で頷いてから料理の支度を始めた。言わなくてもわかっている、通じ合っていることに、レンはどこか誇らしい気持ちになった。
 カイトが材料を冷蔵庫から探り、ミクとリンが料理のレシピを探す。メイコが皿を持ってくる。レンが料理に使うフライパンなどを引き出しから用意する役目にあたった。
 フライパンなどは天井近くの引き出し戸の中にしまわれているため、レンは流し台の上に足を乗せて引き出し戸を開けた。カイトが「危ないから気をつけて」という声が聞こえ、それにしっかりと頷き返す。目当ての調理具はすぐに見つかったので、そのまま手を伸ばし、引っ張った。だが、調理具はどこかに引っかかっているようでびくともしない。

 ぐいぐいと全身の力を込めて引っ張る。調理具が取れないわけには、何をすることもできない。まさか材料をそのまま火にあぶって作ることなど出来るはずもなかった。
 取れろよ。取れろ。なんで取れないんだよ。苛立ちが募り、それがそのまま表情となって浮かぶ。

 ふと、レンの手の平から力が抜けた。
 取れた──。そう思った瞬間、レンの身体は盛大に傾き、調理台の上から身を崩し、そのまま台所の床へ背中から無防備に身体を打ち付けることになった。

 強い音が響く。痛覚があるせいか、レンは一瞬背部に鋭い痛みを感じた。目の前が真っ暗になり、エラー音が響く。黒い画面に「ERROR!」と赤い文字で書かれた言葉が幾重にも浮かび上がった。

 すぐさま自己修復機能を起動させる。ERRORの文字は薄く消えていき、徐々に視界も明瞭になっていった。外部に破損もなく、内部にもこれといった異常は無いらしい。あったとしても、修復機能によって修復されたのだろう。瞬きをすると、黒い視界が一転、自身の周りを取り囲む色とりどりの顔をレンは見つけた。

「れ、レン、大丈夫!?」
「え、あ、う、うん。大丈夫」

 リンの焦りを隠さない声音に、レンはそっと頷く。台所の床に転がった上半身を持ち上げて、そろそろと身体を動かしてみたが、別段異常は見られない。ミクが泣きそうな声音で「死んだかと思いました」とぽつりと呟いた。カイトとメイコがその言葉に、沈痛な面持ちで頷く。

「大丈夫ですよ。おれ、どうともなっていないみたいだし──」

 三人を安心させるために笑ってみせようとした瞬間、レンの胸──中心よりも左寄りの部分に、僅かな痛みが生じた。
 レンは言葉を止め、異変をさぐるように胸元に手を這わせる。外部の損傷は無い。内部にも損傷は無いはずだ。首を捻りながらも、自身を見つめる四人の目を安心させるために、レンはもう一度笑みを浮かべた。

「大丈夫、です。心配かけて、ごめんなさい」
「本当、本当よ……っ」

 メイコが感情をそのままに声を出す。震えた声音に、心配されたのだと、レンは胸元が温かくなるのを感じた。
 そして、それと同時に感じた痛みを押し隠すように、花が咲くような笑みを浮かべた。

作品名:恋を思って死ねたなら 作家名:卯月央