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恋を思って死ねたなら

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5.

 なんだか痛い気がする。レンは本を読みながら、自身の胸に感じる違和感に眉根を寄せる。胸の左あたりがちくちくと痛む。最初は気のせいだと感じていたその痛みは、日を追うごとに大きくなっていった。つきつきとした痛みが、ふと、本当に時折、レンの胸に落ちてくるのだ。
 本を読んでいた手の平で、レンは左胸をそっとさする。違和感は無かった。へこんだということもなく、落ちた衝撃でどこかの機器が壊れた、ということも無いはずだ。

 レンは探るように視線を空中へと飛ばす。いつものようにリンとミクはテレビを眺めていて、カイトは床に座りながらアイスを食べている。メイコはレンと同様に本を読んでいた。
 この痛みの意味を、誰かに問いかけてみたかった。他のボーカロイドにはこのような痛みがあるのかと、問いかけようとして、レンは息を吐く。誰に問いかければいいのか、彼にはわからなかった。そもそも、どのように問いかければいいのかさえわからなかった。
 胸が痛くないか。そんなこと問いかけたって、きっと誰もが目を丸くして首を傾げるだけに決まっている、とレンは胸の痛みと疑問を、まるごと胸中へとそっと沈めるのに努力をしていた。

 その時、ふと、マスターの自室の扉が開く音が耳を突いた。そっと廊下の先──マスターの部屋があるほうへソファーから身を乗り出して視線を向けると、レンに気づいたマスターが、嬉しそうに笑った。レンも笑い返そうとしたが、その瞬間、胸の痛みが強くなり、笑顔が歪んだ。
 マスターはその笑みのいびつさに気づかなかったようで、そのままひょこひょこと手を振ってレンを呼ぶ。レンは本を閉じると、そのままマスターの元へと向かった。

「マスター。どうかしたの?」
「うん、ちょっとね。ねえ見て見て」

 マスターの頬が、紅葉が散ったかのように赤い。唇の端が持ち上がった笑みが、もっと深まるのが見たくて、レンも笑みを浮かべようとする。その途端、先ほど覚えた痛みが、もう一度レンを襲った。
 ちくちくと、鋭いもので何度も刺されているような痛みは耐えられないほどではなかったが、それでも痛みはやはりレンの表情を鈍くさせる。沈痛な面持ちを浮かべたレンに、マスターが手の平を伸ばして頬に触れた。びくりとレンの身体が震える。

「どうしたの。なんだか変だよ、レン」
「変、かな……」

 心配そうな表情を浮かべたマスターが、レンの視界一杯にうつる。笑顔になって、どうにかして、マスターを心配させたい。そう思って笑顔を浮かべようとすると、胸がじくじくと痛んで、レンは結局何の表情を作ることも出来なかった。マスターの手の平が、レンの頬の輪郭を確かめるようにやわやわと動く。指先から触れてくる熱が、自身の皮膚に広がっていく感覚が安らかで、レンはそっと息を吐いた。

「大丈夫だよ。平気。なんにも変じゃない、と思う」
「そうかなあ。……何か無理してるんじゃないの?」

 こげ茶色の瞳が、心配げに細まった。そんな表情をさせたいわけではないのに、安心して欲しいのに。──笑って、いて欲しいのに。レンの胸中を言葉が回る。ただ、その言葉を口に出そうとすると、喉に声が張り付いたようで、レンは何をすることも出来なかった。

「そ、それよりも、見て欲しいものって、なに?」
「ああ、うん。実はねー、音源をねー、買っちゃったんだよねー」
「へえ。高かっただろ?」
「確かに高かったけど、それなりの価値はあったよ。ねえ、曲のミックスをしなおしたんだよ、聴いてみて欲しいな」

 話題を変えようと繰り出した言葉に、マスターは花が開くような笑みを浮かべてパソコンチェアーを引いてレンを強引にそこへ座らせると、そのままレンのヘッドセットを取った。何かをいう暇もなくヘッドフォンが装着され、音が流れ出す。
 耳を通して流れ込んでくる音楽に、レンはそっと目を閉じた。マスターの音楽は、マスターの性格をそのままうつしとったかのように、優しい。旋律が儚く、けれど、どこか柔らかくて、聞いていると耳をそっと撫でられるような感覚を覚える。レンはマスターの歌を、存分に体感しようと耳に集中した。

 曲が途切れる。レンはヘッドフォンを外すと、そのまま目蓋をおしひらく。得意げな表情を浮かべたマスターがおかしくて、無意識に微苦笑を浮かべる。直後、胸がじんわりと痛んだ。

「ねえ、どうかなー」
「なんだろう。曲に重みが増したように思えるよ。前のもよかったけど、これはこれでいいと思う」
「そっか。よかった」

 ヘッドフォンを持った手の平を、そのままマスターへ差し出す。マスターが恥ずかしげに頬へ紅葉を散らしながら、レンからヘッドフォンを受け取った。細い指先が、僅かにレンの手に触れる。滑らかな感触がレンの手の平を掠めた。

「これで酷評されたらどうしようかなあって思ってた」
「酷評とか。するわけないじゃん」
「そうだよね。うん。ありがとう」

 照れくさそうに笑うマスターの頬の赤さが、目に映える。褒められると、マスターは恥ずかしそうに笑う。唇の端を持ち上げるような笑みが、レンには素敵なものに思えた。じんわりとにじみ出てくるような喜びを、そのまま表情に零れさせようとする笑みはマスターによく似合った。

「──マスター」
「うん」

 マスターの浮かべる笑顔に、返答するべく笑みを浮かべようとすると胸が痛む。
 痛むのは、きっと、恋しているからなのだろうか。好きだから、──マスターが好きだから、胸が痛いのだろうか。レンはマスターを見つめる。笑みを浮かべようとすると、ちくりと、胸が痛んだ。

「マスター、おれ、好きがわかったかもしれない」
「えっ」

 きっと、これは、好きだからだ。好きだから──胸が痛むんだろう。レンは指先で胸元を撫で、それから、笑った。胸元がじくじくと痛むが、それ以上に、好きが分かった嬉しさに笑みを抑えることが出来なかった。

「痛いは、好き、だよね」
「え──」

 マスターが唖然とした表情を浮かべる。きっとびっくりしているんだ、とレンは笑う。胸がちくりと痛んだ。びっくりしたから、だから、驚いた顔をしているんだ。おれが好きという感情を知ったから。
 レンはくすくすと笑うと、そのまま、マスターの手を取った。暖かい。皮膚を通して感じるその暖かさに、心の中が柔らかな感情で満たされる心地がした。この暖かさに、ずっと触れていたいと、思う。

「おれ、うん、わかったよ……」
「レン、好きなのは痛いだけじゃ」
「うん。……うん、わかったんだ。わかったんだよ」

 指先で、マスターの手の平の滑らかさを感じていく。顔には笑みが浮かんで、おさまりそうになかった。それと同時に、胸をじくじくとナイフで削り取られているかのような痛みを覚える。痛みを感じれば感じるほどに、自身はマスターのことが好きなのだと理解して、レンはどうしようもなく嬉しくなった。
 指先で触れる暖かさを確認するように撫でて、レンは笑う。マスターは困ったような笑みを浮かべた。

作品名:恋を思って死ねたなら 作家名:卯月央