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西園寺あやの
西園寺あやの
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続・罪深き緑の夏

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邸の正面扉。そこに取り付けた大きなカウベルが音をたてた。スイスはびくりと身を震わせ、瞼を開く。
いつの間にか眠り込んでしまったようだ。眠気を払うように何度か瞬きを繰り返し、立ち上がった。すっかり暗くなった居間の灯りを付けると、リヒテンシュタインの足音が聞こえた。
開け放している扉の向こうに、緑の布地を揺らした姿が見える。オーストリアの姿はない。今夜は立ち寄らずに帰っていったのだろう。
「兄さま。ただいま戻りました」
「ああ、おかえり」
部屋へ入ってきたリヒテンシュタインは、少しばかり頬を紅潮させ、邸を出るときよりも心なしか興奮気味であるようだった。
「その様子だと充分楽しめたようだな、リヒテン」
「はい。久々にお会いする皆様とたくさんお話ができました。兄さまに見立てていただいたドレスも、似合うと褒めていただけてうれしいです」
常より口数も多くなっているようだった。そんなリヒテンシュタインを落ち着かせるように、スイスは軽く背を叩き、ソファの方へといざなっていく。
「すぐに着替えぬならとりあえず座るがよい。紅茶か、それともミルクにするか?」
いつものようにスイスが問いかけると、リヒテンシュタインはしばしの迷いを見せ、それから微笑んだ。
「お兄さまとお揃いで、珈琲をいただけますか」
「突然どうしたのである。無理せずともよいのだぞ」
「いいえ。……少し寂しかったので、兄さまの香りがするものが欲しいのです」
恥ずかしそうに視線を逸らしつつ、リヒテンシュタインはそんな風に、願いを口にした。
唐突な願いにスイスは顔を赤らめ言葉を詰まらせた。返答としては頷きを見せるに留め、そそくさと厨房の方へと引っ込んでしまう。
やがて、戻ってきたときには二つのマグカップを盆に載せていた。そのうちのひとつにはミルクと砂糖がすでに注ぎ込まれている。
「やせ我慢をされても困るからな。ミルクと砂糖は入れさせてもらったのである」
「ありがとうございます、兄さま」
スイスの過保護な振る舞いに異を唱えることはなく、リヒテンシュタインは嬉しげにマグカップの中身を啜っている。スイスにしてみれば珈琲風味のホットミルクといった代物だったが、望んだ本人は満足しているように見えた。
しばらくは二人して無言で珈琲と、それらしきものを飲んでいるばかりだった。雨はまだやんでいない。窓を打つ雨粒の音がかすかに室内にも響いている。
やがて、リヒテンシュタインはマグカップの中身を飲み干すと、スイスの方へ視線を向けた。
「兄さま。わたし、お願いしたいことがございます」
「改まってなんだ。言ってみるがいい」
「いまここで、私と一緒に踊っていただきたいのです」
意外な願いに、スイスは眉を寄せた。
「……踊る?」
「はい。以前、練習にお付き合い頂いたときのように、ここで」
「今夜踊ってきたのではなかったのか。それほどお前がダンスを好きだとは思わなかったが」
「だって、今夜は兄さまと踊れてはいませんもの」
責める風ではなく、あくまで普通の口調だった。しかし良心の呵責を覚えるスイスには、胸が痛いひとこととなった。
「この格好でよいのならかまわぬが」
「もちろんそのままで。昔、よく踊っていただいたワルツをかけましょう」
リヒテンシュタインはいそいそと部屋の隅へ向かうとレコードの束から目当てのワルツを探し始めた。その様子に、スイスは動揺しつつも観念し、場所を拡げるためにソファやローテーブルを少しばかり移動させた。
やがて目当ての盤に針が落とされ、懐かしいメロディが流れ始める。
互いに軽くお辞儀をして、手をとり、ゆっくりと足を踏み出す。
リヒテンシュタインを拾ってから先、初めて舞踏会らしき場へ出席することになり、踊りを忘れてしまったかもしれないと不安がる少女を宥めるために、この部屋で共に、練習に励んだ。
あの頃はまだ髪も長いままで幼さも抜けきらず、自分もまだ兄としてどう振る舞えばいいのか掴みきれず、互いに手探りで歩み寄っているような状態だった。
無論、もともときちんと仕込まれているリヒテンシュタインの方がダンスは問題がない。社交の一環としていやいやながらに習得した自分とはわけが違う。
小さなリヒテンシュタインは、やたらとステップを間違える兄へ優しく指導しながら、それでも楽しげに踊っていたものだった。
今夜は誰と踊ってきたのだろう。オーストリアはともかく、見知らぬ誰かがこの細い手をとり、わずかの間でも共に時を過ごしたというのか。
焼け焦げるようにな胸苦しさに襲われたが、スイスは表情に出さず、ただリヒテンシュタインに合わせるようにステップを踏み続ける。
「今夜は結局、オーストリアさんとしか踊りませんでした。お一人から申し込みを受けると、あとのみなさんとも全てご一緒しないと失礼にあたりますから」
心を読まれたかのようなリヒテンシュタインの言葉に動揺し、スイスはあやうく小さな足を踏み付けそうになる。どうにか回避したものの、そのまま足の動きを止めてしまう。
「お疲れになりましたか? 休憩しましょう」
気遣うような申し出に素直に頷き、スイスはリヒテンシュタインから身を離し、いつものソファへと戻っていく。
まだ流れている音楽を止め、針を所定の位置へ戻すとリヒテンシュタインは振り向いた。
「オーストリアさんはずっと側に付いていてくださいました。また兄さまからもお礼を申し上げてくださいね」
「……ああ。エスコートとは本来そういうものである。明日、改めて礼の電話を入れておく」
他の相手と踊らなかったことは、スイスの心を少しばかり軽くした。だがそれは、オーストリアとずっと共に踊っていたということになる。
自分がもくろみ、エスコートを頼んでおきながら身勝手なことであったが、礼の電話をいますぐではなく明日改めて、としたところに微妙な気持ちの揺れが見え隠れしていた。
スイスは己の中で錯綜している複雑な感情すべてに蓋をすることにして、再びリヒテンシュタインの方へとまなざしを向けた。
「その様子であれば、我輩がいなくとも問題はないな。また機会もあろう」
心の内を誤魔化すため、なんの気なしに口にした言葉だった。
だがリヒテンシュタインは驚いた表情を見せ、戸惑いを隠しきれない様子でスイスの方へ数歩進んだ。
胸元で片方の拳をぎゅっと握り、なにかを思い切ったように訴え始める。
「オーストリアさんは、私が口元を汚しても拭い取ってはくださいません。優しく指摘してくださるだけです。だから私は兄さまがご一緒でないと駄目なのです」
リヒテンシュタインの物言いに、スイスは目を瞬かせ意図を探るようなまなざしを向ける。
常日頃であれば、甘えを口に出し、頼られることをうれしくも思えただろう。しかし今夜は勝手が違った。
頼らずともすむように。それが目的だったはずだ。
「そのように甘えたことでどうする」
「でも、……こう申し上げないと、兄さまは一緒にいてくださらないのでしょう?」
「……リヒテン?」
「私、兄さまにご迷惑をおかけしたくありません。兄さまが本当にお忙しいときは、オーストリアさんがいらっしゃらなくてもひとりであちらへ伺えます。きちんとできます。でも、だからと言って」
作品名:続・罪深き緑の夏 作家名:西園寺あやの