【捏造】 真選組!
せいぜい飯を食うか昼寝をするか、道場で打ち合い与太話をするくらいだ。何しろゴロツキまがいの集団である。やることなど何一つ無い。今日は暑い暑いと煩いものだから誰かが川へ泳ぎに行こうと言い出した。昼飯を食った後だったからどうにも集まりもよく、俺も俺もとぞろぞろと皆で川へ出向いた。
無論そのとき山南は居た。どういう理由かは知らぬが泳いではいなかったが、後から差し入れだと西瓜を持ってやってきたミツバと、木陰に座って足をせせらぎに浸けながら何か喋っていた。頭を寄せ合いながら仲睦まじく笑い、時折爪先で水しぶきを上げた。背丈や喋り方はまったく違うが、あの二人はどこか似ている。
いちゃつきやがってとやっかみついでに藤堂と一緒になって総悟をけしかけたが、
「けし掛かった」
総悟と三人で水を掛け合って遊んでいたので毒気を抜かれた。散々水遊びして差し入れの西瓜を食べて昼寝をしたらこんな時間である。ほかの者は風呂を焚き始めたり、井上の頼みで夕餉の支度を手伝ったりと忙しい。
「ああ、風呂へ行かれましたよ」
汗を流したいと、と井上が言った。と言えどさっき玄関から風呂敷包みを持って出て行ったではないか。井上はさも当然のように総悟の家に行ったのだと答えた。あの家にも内風呂がある。
「なんだよ、此処で入ればいいじゃねェか」
「髪を洗いたいんでしょう」
髪ィと原田は自分の頭を撫でた。そういえば山南は随分髪を長くしている。髷こそ結ってはいないが、若衆髷のように高く結っている。道場で打ち合うときその髪が馬の尻尾のように勢いよく跳ねている。他人に言ったわけではないが額に流れる汗に張り付く様など少々猥らであるとすら思う。
「井戸端で洗ィやいいじゃねェか」
冷たいじゃないですか風邪を引きますよ、一世代上の井上は年長らしく穏やかに笑ったが、風邪なんてェ軟弱な、仙台の野郎ってェのはそんなにヤワかよと原田はケッっとばかりに吐き棄てる。
別に何処のご出身だからと言うわけでも無い気がしますが、井上は首を傾げる。
「それでも長い髪だと寒いでしょう」
土方だって洗ってんじゃねェか、と先ほど水浴びしてすっきりとした土方は、座敷の奥で手枕でうたた寝ていた。
「流石にもろ肌脱いで洗うのは、山南さんも困ると思いますが我々も困るでしょう」
「なんで」
なんでって、井上は口籠もる。私に言わせないで下さいよと隠元豆の筋を無心に取った。
「つーか、ミツバ殿とデキてんのかな」
はぁ、と素っ頓狂な声を井上は上げ、原田は同じ座敷で居眠りする土方を横目でちらと見た後、声を潜めた。しかしながら、小声で話しているつもりなのだろうが、地声が大きいので意味が無い。
「いやだってよォ」
川へ泳ぎに行ったときに、ミツバと話しているばかりで水にはいらぬから着物を脱がせようとしたら、不意をつかれて見事な背負い投げをされた。挙句の果てには酷い剣幕で捲くし立てられたのだ。
「山南さんが?」
井上は問うた。激昂することの無い穏やかな人物である。少々からかわれた位では声を荒げることもすまい。いや、ミツバさんが、と原田は母親に叱られた子供のように肩を落とした。貫禄ならば近藤さんだが、言った原田だって大きな形をしていて更には強面、声も大きければ腕もたつ。
そんな男でさえ、いや此処に居る人間殆どは、どうにもミツバには誰も逆らえぬ。無論自分も例外ではない。ミツバさん、おっかねぇんだもんようと原田は口を尖らせ、傍で一部始終を聞いていた藤堂は、あぁおっかねぇと合いの手を入れた。井上は、確かにと頷きながらもふと首を傾げた。どうにも違和感を覚えたのだ。と、言うよりも確信だ。恐らくこの若者は勘違いをひとつしている。井上は風貌に似つかわず思いの外色事に幼い青年を、幾許彼の慈愛を持って微笑みかけた。
「原田くんは、気がついてないんですか」
ハイ、なにが、強面の割に愛嬌のある原田は年嵩の井上にも臆することなく遠慮の無い口を利く。井上自体が気さくで偉ぶらぬ人物であるからどんどんさばけたようになるのだが増長などでは決して無い。原田はそこまで計算はしていない。そう、計算していない。
計算していないからこそ思いつくことだ。原田君、山南さんはねェ、そう口を開きかけた時、傍で居眠りしていた土方が口を開いた。
「ありゃァ女だ」
*
原田は散々笑いものにされた。後からその話を聞いた当の山南本人にすら、え、どうして分からなかったの、私フェロモン足りないのかなと言われた。フェロモンだかドモホルンリンクルだか知らないが先入観だ、そうに違いない。
「気がついてなかったのかよ」
心底驚いた顔をしたのは土方で、さすが時折居なくなっては女を喰いに行ってる奴は違う。
どうりで、と漸く合点が行ったのだ。
「いい匂いがすると思ったっ」
と言ったのは同じく笑い者にされた藤堂である。土方の言葉にがばりと跳ね起き、同じく声を上げた藤堂と顔を見合わせた。黙ってリャァいいものをと藤堂はその身の処し方にもケチを付けられたが、だってと食い下がった。
「なんか近寄るとおんなじ様に汗かいてるはずなのに、なんか妙にいい匂いがすンすよ。女っ気がねェから、オレもとうとうそっちに目覚めちまったかと思ったら」
藤堂は半ば本気で悩んでいたらしく、ほっとしたような困ったような顔をしていた。なるほどな、どうりで会話が噛みあわねェや、原田は以前山南と初めてまともに交わした会話を思い返す。
「仙台の男ってェ言うのは皆そんな優しいしゃべり方なのかよ、って聞いたらそうですねぇって言うから毒気抜かれるしよ」
「あぁ、オレもオレも」
藤堂が横から言う。
「こないださぁみんなで酒飲んでたら、山南さん酔ってこっちに凭れ掛かってきたんだけど、
なんかすげぇ軽いしいい匂いするしさぁ、んで、あれっておもったんだけど、内緒な、ちょっと勃った」
オメェ、童貞かよ、と土方は藤堂の背中を蹴り、斉藤はくつくつと身を半分にして声も出さずに笑っている。
「気がついてねェの、お前ら二人だけだ」
マジでか、ハウリングする如く原田と藤堂は声を揃えた。
とうとう斉藤は堪えきれずに噴出した。
「源さんも、気づいていましたか」
土方が繕い物をしていた井上に問えば、そりゃぁ、見ればすぐ分かりますよとしれと答えた。
斉藤は頷き、原田と藤堂をちらと見たあとまた黙った。笑いは収まったようだが、口唇の箸が震えている。
「近藤さんは」
気づいていても気づいてなくてもかわりゃしねぇよと土方はぼそりと言った。
「そもそも総悟が懐いてんのが珍しいな」
初めの出会いがよかったのか、山南は歳若い総悟を侮ったりはせず、下にも置かず、師範代の腕前を持つ総悟を他の食客と同様に扱っている。それに総悟は気をよくしたのか、つい昨日一昨日くらいから山南への態度が軟化した。
「ありゃァシスコンだもんな」
山南という女は総悟の姉によく似ている。姿かたちは似ているわけではない。喋り方も違うし、ミツバはあんなふうに大きな声を立てて笑ったりしない。だがそれを似ていると感じるのは偏に。
「髪が、似てるよな」