【捏造】 真選組!
酔っ払ったとき近藤さんは山南さんに言っていた。文武両道、才色兼備、人を思いやれる人格者、天は二物を与えぬというか山南さんな二物も四物も持っていらっしゃる、口説いているのではなくて本心なのだ。
いやだなァやめてくださいよ、余り酒には強くは無い山南さんは色白の顔を赤くしていた。それは酒香の所為だけではなかったのかもしれない。恐らく近藤さんは口説いているとかそう言うつもりではない。ただ思ったことを口に出しただけなのだ。
ならず者集団の中で唯一穏やかな気配を纏うこの人は自分を女とは思っていない。志を同じくする同志そのものだと。だから酒を飲んで酔っ払っても皆と同じようにその辺りで眠っている。隊内唯一、あと一年禁酒の身分の俺は自分もそれに混じりながら、折り重なるように野郎が眠る場所から離れて、壁にも垂れて眠るその人の傍で眠るようにしていた。それを見た近藤さんは、特等席だな総悟、とからかったが、眠るときまで野郎臭いのは勘弁して欲しいだけだ。
「洒落のひとつも言える男かな」
「近藤さんじゃぁねぇですか、趣味が悪りィや」
山南は声を出して笑った。何で笑うんですかィ、と総悟は尋ねたが近藤さんのいい所はそこじゃぁ無いわと言った。
「総ちゃん、剣がいくら使えても洒落のひとつも分からぬようじゃぁもてないわよ」
むさくるしくて巷でチンピラ警察と呼ばれる連中な自分達には女にはとんと縁が無い。他の隊士連中は合コンとか言いながら大抵玉砕して帰ってくる。そう言う積極性を持てない連中も、どこかの茶屋の娘に懸想したり玄人衆に熱を上げたりと忙しい。所帯を持っているものも居るにはいるが、女が居るような連中など片手で数えるほどしか居ないのが現状だ。色だの恋だのやかましいことこの上ない。
「もともとモテたいとも思いませんね、くだらねぇ」
それはかっこつけすぎよ、愉快そうに言いながら、モテないのと興味がないのと興味があるのに無い振りをするのは違うのよ、そう年長者風を吹かせた。
「総ちゃんは」
一口吸って煙を吐く。
彼女の息の音がした。
「どんな子が好きなの」
え、と二の句が継げずに思わず息を止める。晩熟ねぇと答えを期待していなかったように笑った。近藤さんや土方さん、或いは他の武州時代を知る連中は自分にはそう言うことを聞かない、尋ねない。
「思いつかないなら、山南さんは結構タイプですぜくらい言いなさいよ」
「からかわねぇで下さい」
剣の腕は隊内随一で一番隊の長の任を貰ってはいるが、同時に隊内最年少ということで結構からかわれる。皆がナカへ遊びに行くときも一人留守番ということになる。確かに未だ興味はないが、まったく無いわけではない。
「帰ぇりますよ、山南さん」
少々腹を立てながら総悟は暗い道をどんどん歩く。
他の隊士と比べて年齢に開きがあるし、強い強いと言われていても、それは剣の上でのことで、陸の部分ではどこか一人前の男としてみて貰えぬきらいがある。
恐らくそれは武州から出てきた仲間内では特に顕著である。特に長たる近藤さんは、剣の腕は認めては呉れるが自分をガキの頃から見知っているのだから特にだ。隊士たちも長に右倣えという風があるから皆が同じ扱いをする。あの土方さんだって、近藤さんの方針に近い。だけど、この人にまであんなふうに言われるのは、ちょっと余りに子供扱いされていやだ。
ざくざくと自分の靴底が荒っぽく砂利を踏みしめる。此の辺りは屯所にも近いし庭のようなものだ。街灯があろうが無かろうが地形くらい把握している。どのくらい進んだろうか。足音が自分のものしかしないことにはたと気がついた。
「山南さん」
くるりと振り返ったが闇があるばかり。目を凝らしたが、うっすらとした道の際が見えるばかりで煙草の火が見えない。飛ぶのは蛍の青白い光ばかり。足音もしない。まさか、河へ落ちたとか、それにしては水音すらなかった。もう一度名を呼びかけたとき、ここだよと腕を捕らえられた。
「よく見えましたね」
腹を立てていたことを忘れ、一瞬安堵の溜息を漏らした。隊服は真っ黒だし、街灯も無い。夜目が利くのかと問えばいいやと言った。もう煙草の火は消えていた。
「蛍が止まっていたから」
その時、御役御免とばかりにふわりと肩から小さな光が空へと逃げた。目印になっていた蛍だった。
「さぁ、帰ろうか。それともはぐれないように手を繋いで貰おうかな」
懲りもせず山南は総悟の隣を歩きながら手を差し出した。総悟は治まった腹をもう一度立てながら、ぷいとまた歩きだす。
「がき扱いはやめてくだせぇ」
珍しく声に感情が出た。それに自分でも驚いた。
山南が一歩遅れてその後を追う。
「ごめんよ、さっきは言いすぎた。許して」
それがどうにも優しく困ったような言い方で、余り聞いたことがなかった声だったから、別にいいですけどと言ってしまった。
そういう言い方をされると許すも許さないも、怒っているこっちが子供そのもの。大人だねぇと総悟に言った。多分、そうは思ってない癖にと総悟は思った。
<3=「驟雨」>
翌日、総悟は朝早く屯所を出た。見送ったのは前日総悟が出かける挨拶をした近藤と、丁度起きてきた山南だけである。見送りはいいと言ってあったのにと総悟は言ったが、まァまァと近藤はそれを宥めた。
「それじゃぁ、行ってきます」
小さな風呂敷包みと手土産を手に持ち、まだ人通りも少ない時間に屯所を出た。駅の方へ向かって歩く少年の背を門から二人で眺めながら、山南はぽつりと言った。
「心配ですね」
「姉一人、弟一人だからな」
近藤はそれ以上は何も言わなかった。病がちな姉の身体のことと、そこから離れて暮らす弟のことを同時に心配していた。自分にとっては二人ともが下の妹弟同然である。
「山南さん、一番隊預かってくれるんですって」
近藤はまだ今朝は剃ってない髭を指で触りながら尋ねた。及ばずながら、と腕を組む。
「えぇ、今日の夜勤から」
一番隊は本日非番である。隊長である総悟はそれに合わせて三日の有給を取った。ミツバの状況を考えれば少ない気もせぬでもなかったが、一番隊の長たる責務を考えれば仕方がない猶予かもしれなかった。その間山南が一番隊を預かる事は土方が決めた。手が空いているものが副長補佐の自分しか居ないからお鉢は回ってくるだろうとは思っていたが、副長直々にそう決めるとは思わなかった。自分でやるとでも言いかねない。
「今日は早く出かけるんですか」
「いいえ」
近藤はそれにいいとも悪いとも言わなかった。この人は隊の象徴だ。お飾りという意味ではなくシンボル。切り回しを考えるのはすべてあの男だ。
「私は昼前に出ます。相手が夜は忙しいというので」
夜分の蝶を追い掛け回すような男なので、と付け加えた。近藤は微かに笑うと、男はいくつになっても虫取りが好きなもんですと笑った。
総悟の背が角を回って見えなくなった。それを合図にしたように山南はあぁ眠いと言いながら中へ入る。一眠りしようかなと独り言ちた。近藤はまだ見送っている。
「ミツバさん、よくなればいいですね」
「暑くなる時期だからなァ」