【捏造】 真選組!
気弱に言った、兄の背とも父の背ともつかぬ大きな背を山南は掌で強く叩いた。驚いた近藤は頭一つ小さい山南を見下ろしたが、彼女は首を斜めにして微かに頷いた。大丈夫だよともしっかりなさいよともとれるような目をして。
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総悟が出たあと、山南も旧い友人と会うと出かけた。目に眩しい麻の白い単に無地の竪絽の袴を履いて、腰には刀を佩びた。屯所に付文する気持ちが分かるな、と出かける後姿を見ていったのは原田である。どちらかというと山南は柔和な顔をしている。剣を握っている時を除けば、文官という風情すらある。無論学もあるから中身も伴ってはいるのだが、少々厭味に取れるときも在るが普段はそうも気にならぬ。対外的には男の触れ込みだから、というよりチンピラ警察には男しかいないという思い込みからか、時折物好きの女性から付文が届けられることがある。
土方にも届くが此方は婀娜っぽい女性からが多いのに対して、山南に届くのはおぼこ娘からの方が多かった。世の中は不公平だなと付文などされたことが無い隊士達は文句をたれる。確かに女が女にもてるのは不毛で不公平だ。こんなに男が有り余っているのにも関わらずに、だ。
屯所の食堂で働く女性達にも二人は人気だ。寡黙な土方はマヨネーズ大量摂取の所為でもう既に人気は無いも同然だが、山南は事或るごとに菓子なんかを差し入れる所為なのか絶大な人気を誇る。というかいまや一人勝ち。
「女の子って、宝塚とか好きですからねぇ」
といったのは馴染みの団子屋の、看板娘のまさである。少々とうは立っているが可愛らしい顔立ちと江戸前の気風の良さが気に入って、原田は時折訪れて彼女がヒマそうなら話をして団子を食って帰る。
「確かに、土方さんも顔はいいですけど、山南さんは素敵ですよ」
宝塚っていやぁ、女が男装して歌に合わせて踊ったり歌ったりするアレだ。そういえば、女のファンも多いと聞く。確かに本人は意識しては無いだろうが、山並みのアレは男装だ。立ち居振る舞いは女にしては荒っぽいが、女の所作もせぬでは無い。兎も角、着ているものは男物、女にしては上背も或るから様になっている。男としてみるには少々小柄ではあるが、腕も立つし、女にしては低い声。
「山南さんはね、振る舞いが素敵なの」
まさが言うには『礼儀正しい男性の見本』のような振る舞いをするらしい。愛煙家だが煙を吐くときごめんよと一言言うとか、お茶を手渡して受け取るときに、どうもありがとうとこぼれる笑顔が素敵なのだとか、非常に些細ながらも気配りを忘れないのがいいのだと言う。
相手は女だぞと言ったが、そこはそれですよォとまさは笑う。そんなもんかね、と言ったら僻みに聞こえたのか、そんなもんですとみたらしを一本サービスしてくれた。おまけのみたらしの串を抓んで一つ齧る。
世の中は不公平である。自分と一対の相手さえ居ればそれでいい筈なのに、一人に複数、それ以上群がる。不公平といわずなんというだろうか。生き物の習性だろうか。より良い遺伝子を求めるような、原始的な習性。或いはもう少しロマンチックにいうなれば、自分から伸びた赤い糸がどこかでほつれて枝分かれしているとか。
そんな埒も無いことを思いながら団子を咀嚼し、原田は独り言ちた。
「百人にモテなくても、一人か二人でいいんだけどなぁ」
半ば独り言、しかしまさはそれを聞くなり大笑いして、誰でもいいとか言っているからダメなんですよと原田の背中を叩いた。
「口説き落とすくらいの気概を見せないと」
思わず咽た原田にお茶のお代わりを注ぎ、目を覗きこんで笑った。
「案外押しに弱いですからね、女って」
可愛らしく首を傾げた。ホントかよと怪訝そうな顔をしたら、ホントホントと笑って言った。多分嘘か、冗談だ。
総悟が不在の一日目、一番隊は非番であったので、翌日から二日代理で預かったのは山南だった。一番隊は待機任務である。
いざとなったら十番隊にその任を頼むと副長直々に、しかも内密に頼まれていた。いざとなったら、という含みは大規模のテロ活動が隊長不在の間に起これば、という類だろう。通常十番隊は殿を努めるが、今回ばかりは斬り込めということだと解釈した。隊長代理の一番隊は信に足らぬということなのかは正直分からぬ。しかしながら隊務自体は大捕物も無く平和に過ぎたのは幸いだった。
三日の休暇から戻ってきた総悟を見たとき、原田は正直心からほっとした。いつもの通り飄々と、お疲れーっスと武州の土産を携えて帰って来るのが見えて漸く肩の荷が下りた。万が一のことが起こって、その時山南が副長に噛み付くのを見ないで済んだと心底安堵したのだ。総悟から饅頭を受け取りながら、その背を見送る。
「総悟、山南に礼言っとけよ」
総悟は振り返りもせず、うぃーすと返事をした。恐らく今から近藤局長のところへ、戻った挨拶をしにいくのだろう。何はともあれことなく済んでよかった。土産を傍にいた隊士に渡して原田は小さく溜息をついた。
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総悟が山南に出会えたのは翌日の、しかも夕方遅くであった。武州から戻った同日そのまま夜勤を務め、今朝早番の三番隊に任務を引き継いだ。正直眠気で起きていられなかったから待機中といえども誰かが起こすだろうと思いっきり居眠りしてやったのだが、蒲団の上で寝るのと柱に凭れ掛かって眠るのでは訳が違う。
三日夜勤を務めたあと一日オフが入るのが決まりであるから、翌日は泥のように寝た。起きたら完全に昼飯を食いっ逸れて、間もなく夕飯時である。少なくともこれは寝すぎだと総悟は頭を掻いた。原田に言われたことを思い出したのである。
昨晩は遅かったから一応、これでも「大人の」良識と思い遠慮した。不在の間三日間、自分の隊を預かってくれた山南に礼を言わねばなるまい。今日は恐らく隊務に出ているだろうが、幹部はもう一応仕事を終えている時間だ。とりあえず、と総悟は寝巻きから単に着替えた。腹は減っているので食堂へ行かねばなるまい。顔を洗う為に洗面所へ行き、洗っている最中顔を上げたら丁度山南が廊下を歩いてくるのが見えた。正確には洗面台の鏡に映った姿を見たから、すぐに視界からは消えた。顔を拭くのもそこそこに、山南さんと声を掛けた。
「あらぁ、お帰りなさい」
丁度外から帰還して自室に戻る途中のようだった。にこりと山南は笑いかけた。総悟は駆け寄りながら不在の間、自分の代わりを務めてくれたことへの礼を言った。山南はあぁいいのにといいながらポケットからハンカチを出す。
「もう、ちゃんと拭いてきなさいな」
女性の物にしては少々大きめなハンカチを拡げながら、雫が垂れているじゃないのと先ほど顔を洗ったときに濡れた前髪を拭われた。額に押し付けられるようにしたから目を瞑りながら、乱暴な、と思えども口には出さなかった。山南はハンカチをそのまま総悟に押し付けたあと、煙草を一本取り出して火をつけた。
「ミツバさんどうだった」
煙を吐きながら総悟を見た。総悟はほんの一瞬、顔を曇らせた。それを察したのか山南はおいでと廊下を進み、自室の扉を開けた。座布団を出して日の翳った部屋に総悟を招き入れたが、総悟はここでと縁側に座った。