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【捏造】 真選組!

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しかし、先ほど山南のから感じた殺気は後者のものに近いと思う。ぞっとするような、鋭い冷たさを感じたのだ。
敗者に対して近藤は困ったように笑いかけた。頭を上げてください、同じ武芸者ではありませんか、「道場破り」は平伏したまま何度も頭を振り、いいえいいえと否定する。あなたは違う、あなたは本物だと独り言のように呟いた。

「私は探していたのです」

攘夷戦争というものは、この国から矜持を奪い、人心を奪い、魂を奪った。侍というものは存在しなくなった。名義上は存在する。ただしその魂は金と土地と人と同じように取り上げられた。身を立てるには何れの家中に取り立てて貰うしかなかった時代は終わり、同時に侍のその手段の一つである剣術も次第に存在する「意味」を失い始めた。有名な門下には多数の志願者が集まるが、免状を金で買う。「道」を失った侍達は、せめてもの慰めかそれでも名の或る道場の印加を受けて箔をつけようとした。そう言うものに、辟易としたのだと山南は言った。
「私はそんなものを探しに江戸にきたのではないのです」
何処に行っても脆弱なことをいう連中が幅をきかせている、山南は言う。私にすら適わぬ者が侍だと大声で謳っている、口唇を噛み締めながら搾り出す。
「私は、本物の侍を探しているのに」
それは怒りなのか。床に着いた腕が震えていた。唾棄すべきものに対する怒り。祭り上げられた愚かな偶像に対しての純然たる怒りだ。
「江戸にはそんなもの、何処にもなかった」
血を吐くように金切り声で叫ぶ。叫ぶと同時に目の前にいる近藤を見上げた。その目には涙すら溜まっていた。あれが演技なら大したものだと目の前で繰り広げられている寸劇に土方はケチをつける。美しい一対の目に見上げられた近藤は困った様に頭を掻き、挑戦者の目の前に膝を着きながら手を差し伸べる。
「山南さん、暫く此方にいませんか」

そりゃァアンタの悪い癖だ。何でもかんでも抱え込む。石っころや犬猫と同じレベルでお前もお前もこいよという。
「皆があなたと剣を交えたがっています」
さっきも襖の向こうで噂していたみたいだしなァ、そういって近藤は食客の顔を順繰りに見た。原田と永倉はまずいと顔に出て、井上さんは気づいていたのか溜息をつき、斉藤は無論空っ惚けた。総悟だけが相変わらず睨みつけていた。

  *

山南は確かに強かった。強いというよりも、巧いのだ。けんかに強いのは近藤さんだけれど、喧嘩が巧いのはオレだと言ったのは井上さんだったか。山南は力こそ無いが体捌きが巧かった。柔よく剛を制すというけれども、まさにそれである。
難を言えば少々弁が立ち過ぎて厭味に取れないことも無かったが、周りによく気を遣う気性であった。卑しからぬ育ちなのか言葉遣いも礼儀正しく、その癖笑い上戸で冗談なども言った。近藤さんは新参者の山南を気にかけ、同時に古参のものとも同様に扱った。
山南はそれらともよく馴染んだ。夜、飯を食った後など皆手も空いた頃、女を買う金も無いから碁や将棋を打った。金など持っていないから賭けるのは労働である。山南もどうだと尋ねたら、育ちがよさそうなのにその類の手慰みにもよく乗った。花札などの博徒まがいのことも出来たし、特に賭将棋などはおそろしく強かった。
一体どういう出自だと思ったものだ。よく負けていたのは原田で、井上さんは真剣勝負と言って二日に渡る対局の末負けた。食客になって十日余り、皆が昔からいたような顔になりかけた頃に不貞腐れているのは総悟だけであった。いつも道場で他の者の相手をしながらも、もう一つの目でじろりと山南を観察している。
その日も随分暑かった。酷暑という奴で、午前中はよかったが昼になるにつれ気温はどんどん上がっていった。道場で打ち合っていると山南は今日はどうにもいけないなと蒼い顔をして、近藤さんに一言断って蒸し暑い道場から抜け出て木陰で座禅を組んで瞑想を始めた。蝉がじりじりと鳴き、いつ秋が来るのかさっぱり分からぬ。
「ごめんください」
軽やかな可愛らしい声が表でした。駒下駄のかろかろという音が鳴り、その人の名を教えた。総悟の顔が一瞬明るくなる。皆が一斉に沈黙し、思わずあぁもうそんな時間かと額を流れる汗を手の甲で拭った。
「お昼の差し入れに来ました」
やぁ、いつもすみません、その声が昼飯の合図である。
総悟の姉のミツバが近藤家に手伝いに来てどのくらいになるのかは知らぬ。恐らく総悟が此の道場に来てからだとは思うが正確なところは後から居ついた土方は与り知らぬことだった。ただ、彼女の用意する食事はとても美味いのと、驚くほどに辛味調味料を勧められるということだった。
一礼した後ミツバは台所で井上さんが今朝炊いた冬瓜の汁をよそい、家で仕込んできた重箱を卓に並べる。女手の無い近藤家にとって彼女は貴重な手伝い手であった。飢え児のように食卓に群がる汗臭い野郎共の給仕をし目を配る。好きでやっていることだといっていたが、それでも殆ど毎日都合八人の食事の支度は手の掛かることである。ミツバは卓に群がる猿以下の連中に冷たいお茶を入れながらおやという顔をした。
「山南さんは、どちらへ」
おやと顔を上げたのは井上さんと自分だけだった。近藤さんは喧嘩する藤堂と総悟を宥めている。
「道場の外だ」
ぶっきらぼうに言うと、私が見てきましょうと井上さんが腰を上げたが、ミツバが源さんは此方をお願いしますとお茶の入った湯飲みを一つ持って立ち上がり姿を消した。
「トシさん、湯のみを」
井上さんが湯呑を差し出す。気もそぞろに、消えた背を目で追った。
何の気無しに目で追っただけだ。動くものを見ると反射的に眼球が動く。そういう類の追尾運動だった。だが、視線を手元に戻そうとした瞬間遠くで近藤さんが一瞬だけにやっと笑った。あぁ、畜生、癪に障る。気がついていない振りをしようかとも思ったが、それはそれで気恥ずかしい。困ったと思いながらも知ったことかと茶碗を取って掻っ込んだ。
それをみて笑っているに違いないのだ。
暫くして、ミツバが何処からか戻った。山南を探しに行って戻っただけかも知れぬ。近藤さんの傍に戻ってくるなり何事かささやく。頷きながら此方を示す。ミツバは笑って居る、近藤さんも笑っている。相変わらず、総悟だけが此方をにらんだ。

  *

ミツバは騒がしい座敷を後にして渡り廊下を歩きながら道場に向かった。あと一人足らない。十分な量を出しているにも拘らず毎食食卓は戦場になる。出遅れれば食い逸れること間違い無し。心当たりの人物の所在を聞いて、ミツバは座敷を出た。
丁度道場の庇と樹の陰になっているところにその人が一人座している。座禅を組んでいるわけではなく、壁に凭れて脚を投げ出していた。だがくつろいでいるという風でもない。
「山南さん」
あぁ、ミツバさん、足音で気がついたのか山南は蒼い顔をして此方を向いた。此の十日ほどで此処に馴染んだ山南とは最近よく話す。親切で気さくで、何よりこの人の優しさは分かりやすい。喋り方も穏やかであるし、そう言う意味でもミツバはとても好感を持っていた。
「お昼いかがです。少しでもお腹に入れたほうがいいですよ」
作品名:【捏造】 真選組! 作家名:クレユキ