お待ちかねの悪意
あらかた食事が済むと、臨也が酒が飲みたいと言い出したので、そのまま露西亜寿司に居座った。寿司のメニュー同様、露西亜寿司の酒の品揃えは滅茶苦茶だ。ウォッカはもちろん、何故か泡盛まで置いてある。当然臨也の奢りだったので、門田に断る理由は無かった。
「そういえば、結局何の用だったんだ?」
門田は水割りのグラスを置いて、臨也に本題を尋ねた。つまみに頼んだ枝豆を齧りながら、臨也が二、三瞬く。度数の高いブランデーを舐めていたので、既に頬が赤くなっていた。
「あぁ、そうだったそうだった。お礼を言おうと思ってね」
臨也は、見た目ほどは酔っていないようだった。口調ははっきりしている。むしろ、今までが大人しすぎたぐらいだ。
「何の話だ? 覚えがねぇな」
門田は記憶を攫うが、臨也に会うこと自体が久しぶりだった。臨也はブランデーで唇を湿らせると、にこりと笑った。その笑みがあまり好ましくない種類だと気付いて、門田は内心警戒する。
「ありがとう。沙樹ちゃんを助けてくれて」
臨也の口から飛び出た言葉は、やはり好ましくないものだった。門田は眉間に皺を寄せた。
「……お前が仕組んだのか」
厳しい声を出す門田に、臨也は曖昧に微笑んで視線を落とした。再びブランデーに口を付ける。
「どうしてそう思うのかな?」
「あの子、お前の信者だろう」
門田の確信めいた物言いに、臨也は軽く嘆息した。
「あぁ、沙樹ちゃん、喋っちゃったのか」
鋭く睨みつける門田に、臨也は苦笑を浮かべる。
「君がいたからさ。ブルースクウェアには君がいたから、きっと助けてくれると思っていたよ」
穏やかに語る臨也に対し、門田は思わず苦虫を噛み潰した。
「そんな推察で、あの子をあんな目に遭わせたのか」
門田の声が厳しさを増す。臨也は、特に気にした様子も無く枝豆を咥えた。
「推察って言うけど、確信に近かったよ? 君ってそういう奴だし」
「……俺の耳に入らなかったらどうするんだ」
「どうもしないよ。それならそれまでさ」
臨也は軽く言ってのけた。門田は、臨也の顔を睨め付ける。
「……今なら静雄の気持ちが分かるな」
門田が低く放った一言に、臨也ははっとして顔を上げた。しかし、すぐに表情を取り繕う。
「はは。……俺のこと、殺したい? ま、そうだろうね」
そこでぱたりと会話が途切れ、二人の間に沈黙が落ちた。お互いに、テーブルを見つめながら酒を舐める。
「……で、お前はそんなことが言いたくて俺を連れてきたのか?」
沈黙を破って、門田が問いかけた。すると、臨也は困ったような表情を浮かべた。何か思案するように視線を泳がせると、突然グラスに残っていたブランデーを一気に呷った。
「おい」
門田が慌てて静止しようとしたが、テーブルに叩きつけられたグラスは既に空になっていた。臨也はアルコールの刺激をやり過ごすと、捲くし立てるように口を開いた。
「なーんか最近、上手くいかないなぁ。あのね、ドタチン。それならそれとは思ってたけど、別に死んで欲しかったわけじゃない。これでも一応、気に入ってるんだよ。正臣君も、これでカラーギャングから足を洗えたわけだし、良かったじゃないか」
「……お前、言ってることが無茶苦茶だぞ」
困惑する門田を、臨也は無視した。臨也はふっと息を吐くと、丁寧に感謝の言葉を述べた。
「ありがとう。沙樹ちゃんと正臣君を助けてくれて」
門田は、しばらく沈黙して臨也を見つめた。臨也はさすがに酔いが回ってきたのか、瞼が重そうだ。頬杖を突いて頭を支えている。酒を覚えたての大学生のような様相に、門田は深く溜め息を吐いた。
「助けてなんかねぇよ。お前の手の平に戻しちまっただけだ」
臨也はそれを聞いて、嬉しそうに笑った。
「出来るだけ大事にするから、心配しないで」
臨也の「大事にする」は「弄ぶ」と同義だ。門田は、まだ幼さの残る二人の容姿を思い出す。
「あいつら、まだ中学生だぞ。ほんのガキじゃねぇか……」
門田が苦く搾り出した言葉を、臨也が鼻で笑った。
「来年は高校生さ。その頃には、俺はシズちゃんと殺し合いの喧嘩をしてたよ」
「お前と一緒にするな」
間髪居れずに門田が一蹴すると、臨也は喉の奥で低く笑った。
臨也の奇襲からしばらくして、門田の元に奇妙なメールが届いた。フリーのメールアドレスから届いたそれは、最近噂になっている『ダラーズ』というチームへの誘いだった。
結局、周囲に促されてダラーズに登録することを了承すると、日を置かずにホームページのパスワードとIDが送られてきた。
門田は、携帯電話からアクセスしたホームページにパスワードを打ち込む。
「これでついに、例のダラーズの一員っすねぇ」
遊馬崎が、門田の手元を覗き込みながら興奮気味に言った。
「ドタチン! 早く早くー!」
遊馬崎とは反対から携帯を覗いていた狩沢が、待ちきれないというように声を上げたる。
「うるせぇ。静かにしろ」
門田が騒ぐ二人に辟易しながらパスワードを入力すると、画面が切り替わってダラーズのトップページが表示された。
「おー! 本物だー!」
「うおぉ、やべぇ! 普通に千人超えてるじゃないっすか!」
はしゃぐ二人を尻目に、門田はこっそり溜め息を吐いた。送られてきたメールは、確かに見知らぬメールアドレスだったが、門田は送り主を予想していた。
sakananotamago@XXXXXX.co.jp
隠す気があるのか無いのか分からない捨てアカのメールアドレス。何の意図があるのか分からないまま、門田はダラーズに加わった。