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にけ/かさね
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novelistID. 1841
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Linus's blanket

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 困惑しながらもテーブルに目を落とせば、あたたかい食べ物の匂いにつられてぐぅ、と腹が鳴る。するとそれ以上抗議を続けるのも難しく、空腹に負けてぺたんと床に座ってしまった健二は、なし崩しに覚悟せざるを得なくなった。
 食事をすればさらに時間は遅くなるし、それから帰ると騒げば泊まる以上の迷惑をかけてしまう。斜向かいで箸を取った佐久間が食事をさせようとしたのも、それがわかっていたからだろう。にっと笑って念を押しされるのに、ため息しか出てこなかった。
(ちゃんと家に連絡しろよ)
(……母さん、明後日まで出張だから)
(なんだ。じゃあ最初っから泊まる準備して来りゃ良かったじゃん)
(えぇー……)
 今でこそ気軽にお互いの家に泊まれるようになったが、あの時の自分にとってはそんなに簡単にまとめられるような話ではなかったのだ。
 緊張でろくに味もわからないまま食事を終えると、佐久間は有無を言わさず健二を風呂場へ押し込んだ。他人の家の風呂場に落ち着かず、ほとんどカラスの行水で風呂を上がった健二は、押し付けられていた真新しい下着とうっすらと樟脳の匂いのするパジャマを身につけ、足音を殺して佐久間の部屋に戻った。ドアを開けるとまたパソコンに向かっていた部屋の主は、ぎしりと椅子を鳴らして振り向いた。
(お、出たか。んじゃ、俺もちょっと風呂いってくるわ)
(う、うん)
 部屋にひとり残されて、健二は手持ち無沙汰に最前まで佐久間がいじっていたパソコンのディスプレイを覗き込んでみた。が、作業をしかけたまま放り出されていて、うっかりいじってしまうのが怖くてそそくさと机から離れる。
 こういう時にはどうすればいいのか、自分のテリトリー外でのひとりの過ごし方がよくわからず、首にかけたタオルで髪をぬぐった健二は、あらためて部屋をみまわしてみた。食事の時に使ったテーブルはもう片付けられていたので、とりあえず空いている床のスペースにもそもそと座ってみると、立っていた時よりいくらかは気分が落ち着く。
 さらに思いついて隅に放り出していた自分の鞄を引き寄せた。中から取り出したのは、いつも持ち歩いているレポート用紙とシャーペンだ。表紙をめくると、自分が千切った紙が膝に落ちてくる。右肩に書き殴った順番通りに紙を揃えて目を通せば、最後に解きかけの数式が現れる。それを見つめながら床にレポート用紙を置き、健二は片膝を立てた。とたん、途切れていた数式が繋がって、頭の中で展開されていく。それを紙に写し取る、かしかしという乾いた音だけが、部屋に充満していく。
 一体どのくらい没頭していたのだろう。
(あのさぁ、小磯。いま気がついたんだけど──)
(できたっ)
 風呂から上がった佐久間が部屋に戻ってきたのと、健二が数式を解き終えてペンを置いたのは、幸いなことにほぼ同時だった。もしこのタイミングがずれていれば、佐久間の声はしばらくの間健二に届かなかったかもしれない。部屋に入ったところで立ち止まった佐久間は、声に気づいて顔を上げた健二に、呆れたような目を向けて寄ってきた。
(まーた計算してたのか)
(うん。や、なんか暇だったから)
(適当にマンガとか読んでれば良かったのに)
(あ、そう、なの?)
 なるほど。友達の家ではそうやって過ごすものなのか。
 さっきまで一緒に使っていたパソコンならともかく、他人のものを勝手にさわることなど念頭にも浮かばなかった健二は、感心しながらレポート用紙とシャーペンをしまった。
(そうなのって……まあいいや。あのさ、客用布団もらってくんの忘れてたんだけど、俺と一緒のベッドでいいよな? 狭いけど、なんとか二人でも寝られるし)
 なにかを言いかけてやめた佐久間は、気を取り直した様子で説明しながら、ちょっとどいて、と健二をベッドの側から手で追い払った。一瞬素直に退きかけた健二は、それから台詞の内容を理解して、思わず動きをとめて佐久間を見上げる。
(へっ?)
(うん。もう一人分には、部屋にある布団だけじゃ足りねーんだわ。やー、うっかりしてた)
(うっかりって、)
 動揺する健二をよそに淡々と淡々と返した佐久間は、その間にもやたら大きな枕をベッドから床に放り出したり、クローゼットからタオルケットを出したりと、どんどん寝支度を整えていく。床に膝立ちになってその作業を見守りながら、健二はひどく心細い声を出した。
(あの……ねぇ、僕、それ貸してくれたら床でいいよ)
(なに言ってんだ。風邪でもひかれたら困るだろ)
(大丈夫だって)
(なんだよ。男同士でむさいのはわかるけど、一日ぐらい我慢しろって)
 いや、ですから、むさいとか男同士だとか、そういう問題でなく。
 一緒の部屋というだけでも眠れないのに、一緒のベッドだなんて無理すぎる。
 しかしそれを正直に言っていいものか迷って、ぱくぱくと口を開けたり閉めたりしているとうちに、佐久間が放り投げるようにしてタオルケットを押し付けてきた。反射的に受け取った健二は、なかば広がったそれをぐしゃぐしゃにして胸に抱える。そうだ、このままここで寝転がってしまえばいいんだと気がついたのは、ぐいっと佐久間に二の腕を引っ張られたあとだ。
(わぁっ!?)
(ほら立って。奥行って)
 傾いだ身体を立て直すために慌てて両足で立ったところで背中を押された。おかげでまんまとベッドに片膝を乗り上げさせられた健二は、さらに奥側へと追い立てられ、あれよあれよという間に壁際へ追い詰められてしまう。佐久間の手際がいいというより、きっと健二の内心の動揺が大きすぎたせいだろう。焦りながら壁に背をつけて座りなおしたときには、佐久間はその手前にできたスペースに悠々と寝転んで、彼と健二の上に軽い羽毛の布団を広げていた。
(ちょ、ちょっと、ねぇ、佐久間……)
(なんだよ。客を床で寝かしたなんていったら、あとで俺が親にシメられるんだって)
(そんなの言わなきゃバレないよ!)
(バレなきゃいいってもんじゃないでしょー)
 へんなところで常識的だと一瞬感心したが、そんな悠長なことを考えていられる場合じゃない。しかしまったく取り合う気のなさそうな佐久間は、健二が口を開くより先に犬でも追い払うようにひらひら手を振ると、眼鏡を外してヘッドボードに乗せた。
(ほれ、寝た寝た)
 そんなふうにすっかり寝る体勢に入ってしまわれると、隣の狭いスペースで暴れるのは気が引けた。仕方なく健二は目の前で揺れた指先を見つめながら、往生際悪く口先で活路を開こうとする。
(パッ、パソコンは? 消さないの?)
(あー、いい、いい。家にいる間はいつもつけっぱだから)
(でで、電気は……)
(ん、コレ)
 返事と前後してちいさな音がしたと持ったら、部屋が段階を踏んで暗くなった。リモコンなんて反則だ。佐久間が起き上がったらその隙に一息に床へ逃げ出そうと思っていたのに、もうこれ以上口実を思いつかない。
(おやすみー)
(……)
 ここでしつこくごねられるほど健二が図太ければ、最初からこんな状況になっているわけがない。こうなったら彼が寝てから布団を抜け出すしかないと、健二はできるだけ佐久間から距離を置くようにして身を竦め、壁のほうを向いて横になった。
作品名:Linus's blanket 作家名:にけ/かさね