ERROR DETECTION
確かに、そうでもしなきゃこの混乱はおさまりそうない。怪我を調べる続きも手あても、博士の家でやれば良いんだから、オレは灰原の案に一、二もなく同意して、博士を見上げた。子供の力では、転がす程度のことはできても運べなかったからだ。
ただひとつ、心配なのは──
「本当に動かしても平気かな」
「さぁ。ほかにも打ち身なんかがあるかもしれないけど。大丈夫なことを祈るしかないわ」
「おい、」
時々アバウトなこいつが怖い。オレがハの字に眉を下げていると、博士が跪いてキッドに手をかけた。
「しかし、あまりここに長居するのも良くないのぉ。儂がとりあえずできるだけそうっと運ぶよ」
「ああ。頼むな、博士」
横抱きにするのは辛いのか、博士は肩に担ぐつもりらしく、抱き起こしたキッドを壁に寄りかからせた。オレも手伝おうとヤツの前に屈み込んだら、その瞬間、頭の上で呻くような声が聞こえてきたから、パッと振り仰ぐ。
「おお、気がついたのかね!?」
博士の声にキッドの瞼はピクリと反応して、それからうっすらと目が開いた。
ぼんやりとした表情は、目覚めたばかりだからか生気がなく、返事もなかった。けれども見守るうちに、ものすごい寝起きの良さでパッチリと目を開けたキッドのヤツはぱしぱしと数回瞬きをして、淀みない動作でオレたちを見回す。
「……なに? ここどこ? それに爺さん、えっと、何だっけ。あの、お茶の水博士じゃなくて──」
「わしゃまだ五十二じゃ! それにお茶の水じゃのうて阿笠じゃ!」
いや博士、そんなことを律儀に答えなくても。
なんだかこんな時でも博士のおおらかさが変わらないのが好ましくて、オレは微笑んでしまいそうになった。キッドのほうもそういう人柄には感じ入るるところがあるのか、ちょっと口調を改める。
「あ、すみません。ええと、じゃあ、その子たちはお孫さんじゃなくて子供さん?」
「いやいや、これは知り合いの子でな……じゃのうて、きみは新一とは知り合いじゃろう?」
「え? いや、オレにはこんな小さな友達なんていませんよ」
……確かに友達じゃねぇけどな。しっかし、よくもまぁぬけぬけと言いやがる。さすがは泥棒ってことか?
だが、オレが顔がひきつりそうになるのをこらえて黙っていたら、キッドはさらに白ばっくれた。
「それで、ええと、阿笠博士? つかぬことを訊きますけど──オレはどうしてあなたとここにいるんでしょう? オレ、博士にお会いする約束した覚えもないんですけど……」
「はぁ?」
キッドのやたらしおらしい態度には博士もびっくりしたようだった。灰原は両腕を組んで嘘つき野郎のことをすっかり白い目で見ているし、オレも開いた口が塞がらない。
だけどさすがは亀の甲なのか、あー、と声を出した博士はゴホンとひとつ咳払いをして、逆にキッドにカマをかけた。
「ええと……きみ、儂を知っておるのかね?」
名前を間違えたとはいえ、キッドは最初から阿笠博士のことを博士と呼んだ。ふつうは素性を知らずに白衣を着ている人間を見たら、職業は教師か医者を連想するのが一般的だから、これはなかなか上手い切り返しに思えたのだ。
しかし敵は怪盗キッド。にこやかな表情を一筋も動かさずに、ええ、とこっくりうなづいた。
「前にロボットコンテストで審査員してましたよね」
「ロボットコンテスト……ああ、あちこちで何回かしたことはあるが──」
「オレ、それに出て賞もらったことあるんで。あの時博士がアドバイスをくれたでしょ? 目から鱗で感動しました」
「いやいや」
だから博士、そこで照れるな。乗せられてるって。
オレは灰原と目を見交わし、ダメだこりゃ、と肩をすくめた。そのとたん。
「……ああっ! 思い出したぞ! きみは灰戸町の大会で、何年か前に最年少で優勝した子じゃな!?」
「……はぁっ?」
灰原とオレがポカンとしていると、キッドは嬉しそうに身を起こして、そうですそうです、と興奮している博士の手を握って振り回した。
「あの時のきみのあのロボットはよう出来とった。覚えとるよ」
「光栄だなぁ」
博士とキッドの意外な関係──いや、キッドがそういうところで腕を鳴らしていたっていうのは意外というよりも、らしいという感じだが。
しかしふたりだけで分かり合われても困る。全然話について行けなくて、オレと灰原は首を傾げるしかない。
「博士?」
なおも盛り上がりそうなところにそっと口を挟んでみれば、阿笠博士は笑顔満面でオレを振り返り、会話に混ぜてくれようとした。
「ほれ、前に話したことがあるじゃろう? 新一によく似た子が儂の審査しとった大会で優勝したと。ええと、黒…黒崎くんじゃったかの?」
「あ、黒羽です。黒羽快斗」
「そうそう、黒羽くんじゃ。黒羽くん」
いやだから、ほれ、とか言われてもオレは覚えてないから。
博士は専門分野ではそれなりの実績をあげていて、あちこちの大会やコンクールなどで審査員なんかをしてることは知っていたが、その大会の内容とか、受賞者まではオレに知る由もないんだ。
「──彼の正体がわかって良かったわね」
浮かれている博士にどうしたものかと困っていたら、横から灰原がぼそりと、現実的なコメントを述べた。良かったというよりは余計に混乱した気がするのだが──そうだ。とにかく、キッドがどういうつもりでここで自分の正体を暴露したのかを確かめなるのが先決だよな。
こんなにあっけらかんと振る舞われると、素顔だと思えるオレそっくりの顔にしたって、もしかすると黒羽快斗という人物になりすますための作りものかもしれないという疑念が湧いてくるし。
だが、よし追及だ──と思ったら、オレより先にキッドが口を開いた。
「ええと、それで、すみません。最初に話を戻しますけど。ここはどこなんですか? オレ、さっきまで家にいたはずなんですけど……」
「はぁ?」
「そうだよな。どうして外にいるんだろ」
ぶつぶつとひとりでつぶやくキッドに、オレたちは顔を見合わせた。しばらく目線で譲り合いをしたけれど、ここはやっぱり年功序列ってことで、博士が代表して言うことになった。
「どうしてって、そりゃ、きみが怪盗キッドだから」
「はぁ〜っ!?」
どういう顔をするかと息を詰めて見守っていたら、ヤツは民謡顔負けの素っ頓狂な声を出して驚いてみせた。それでオレの忍耐力の尾っぽはプチッと切れて、その場に仁王立ちになって地面に座り込んだままのヤツに指を突きつけていた。白々しいにも程がありすぎる。
「ふざけんなよ、泥棒!」
しかし、遠慮なく文句をつけてやるとばかり気合いを入れまくっていたオレに、ヤツはピクリと眉を上げて訊き返すと、腹が立つほどふてぶてしい顔で笑ってみせた。
「泥棒? そりゃ聞き捨てならないな、坊や」
「なんだよ、泥棒だから泥棒って言ってんだろ!?」
自分の顔にすごまれたところで怖くはなかった。かえって苛立ちが増すばかりで、受けて立ってやるとばかりに応戦する。
それを、博士と灰原が左右からとどめてきた。
「まあまあまあ」
「工藤くん。ちょっと落ち着きなさいよ。妙だわ」
「……あ?」
作品名:ERROR DETECTION 作家名:にけ/かさね