ERROR DETECTION
「おい待てよ。ありゃ半分はおまえのせいだろうが」
「違うって。おまえが反射神経鈍いんだよ」
オレたちはどちらからともなく並んで歩き出しながら軽口を交わしていた。こうしていると古くからの知り合いのような気がしてくるから奇妙なものだ。
そのうちふっと一瞬の沈黙が生まれ落ちて、オレは一応、あらためて確かめてみた。
「──記憶、戻ったのか?」
「ああ。今朝の新聞の見出し見てバッチリ。派手なことするヤツがいるなー、と思った次の瞬間、あ、これってオレじゃんって」
「そんな簡単なもんなの?」
「うん。なんかすごいあっけなくて、正直なところオレもびっくりした。でも、ジグソーパズルの端っこのほうの欠けてたピースが見つかって、ようやく完成したみたいな感じでスッキリはしたな」
「ふぅん」
このへんはあの気障な泥棒らしい言いまわしだ。そんなふうに、無意識にキッドと黒羽を比較してる自分に気づいて、思わずオレは苦笑する。
オレが工藤新一なのと同時に江戸川コナンなのと同じく、こいつも怪盗キッドで黒羽快斗というだけのことなのに。
「──ま、何にせよこれでオレたちは五分になったわけだ」
いつ言ってくるかな、と思ってはいたけれど。
つまらないことを考えてて気を抜いてたところにいきなり本題を振られて、こういうところが抜け目なくていけない、とオレは肩をすくめた。
「どうかな。オレのほうは立証が難しいぜ?」
どうやって用意したものか、オレが小学校に入るための書類は、親父が不備なく揃えてきたのだという。もしかすると手回しのいい親父のことだから、江戸川一家の戸籍までどうにかしているかもしれなかった。とりあえず、コナン名義の銀行口座があることは確かだが。
「どうするよ?」
挑発的にヤツを見上げると、黒羽が悔しそうな顔を見せた。
それで、こいつはオレが小さくなった事情までは掴んでいないことが確信できた。
じつは、土日の二日間、博士のところに作戦会議に出かけていた間、暇をぬってオレたちは黒羽快斗の身元について多少洗っていた。
それでこいつの親父さんがマジシャンだったことや、ショーの最中に不審な事故で亡くなっていることを突き止めていた。
そして、その年を最後にキッドの活動は八年間の空白を作っている。
そんなことや、その他に知り得た諸々のデータを突き合わせて、多分、現在の怪盗キッドが二代目なんだろうってところまでは簡単に予測できた。
父親に関係して秘密の匂いがすると感じたところで、一旦調査の手は引くことにしたのだけれど。
多分、情報戦でもオレのほうが有利なんだろう。オレとヤツの秘密の種類は、多分大本からして違っているみたいだから。
横目に見たヤツの顔が、普通の高校生からキッドの貌になりかけているのを認めて、オレは早々に白状することにした。
「べつにオレも言う気はねぇよ。専門外だからな」
「へぇ? それはオレを見過ごすってこと?」
「おまえだってオレのこと黙ってただろ? だからそれで五分ってことで」
黒羽は何だか不満そうな表情をしていた。だから文句を言われる前に、オレは付け足しておく。
「言ってるだろ? オレの専門は殺人なの。だからちゃちな窃盗にまで付き合えないんだよ。だけどな、おまえが人殺しなんかしやがったら容赦しねぇよ」
「……そういうのは趣味じゃないんだよな」
黒羽は、オレの主義をちょっと気に入ったのか、不満げな顔はやめた。ついでに意思表明もしてくれたので、オレとしては満足だった。
あ、でも。
「あと、現行犯は絶対赦さないから。家宅侵入もな。土足で上がられて、落ちた砂が取れなくて、掃除が面倒だったんだ」
埃ならまだしも砂は寝転がったりすると痛い。あそこはオレの憩いの場なので、なるべく快適に過ごしたいんだ。
きっちりと苦情は伝えておくと、黒羽が吹き出したから、なんとなく藪蛇だったかもしれないとオレは眉をひそめた。気のせいだと良いんだけど、こいつはまた機会があれば今度こそわざとやりそうだ。
「……ま、いいや。とりあえず今日は挨拶に来ただけなんだ。あ、そうそう。預かってくれてるものも返して欲しいんだけど」
「取りに来られると迷惑だから送ってやるよ」
「そう? じゃあ、」
そう言うと、黒羽はふいに自分の胸ポケットをポンとひとつ叩いた。そこから一枚、銀色のコインが飛び出して、オレの目の前に落ちてくる。反射的に空いていた両手を皿にして受け止めると、ヤツの右手がその上を通過して、指で触れた感触はなかったのに、コインは消えていた。
かわりに残っていたのは一枚の白いカード。もちろん、キッドのマーク入りの。
「住所はそれ。よろしく」
驚いていると、黒羽はちょっと笑ってマジシャン志望なんだよな、と告白してきた。なるほど、それであんなけれんに富んだ窃盗劇になるわけか。
「じゃ。またな、名探偵」
手の中のカードをまじまじと見つめている間に、黒羽はさっと角を曲がって消えてしまった。
退散する時ぐらい普通にいなくなれば良いのに、煙みたいに消えてしまったヤツにオレは声を上げる。
「またなんてねーよ!」
実際のところ、ヤツのほうも「また」なんてないと思ってるに違いないと思いながら。
正体を知ったからって協力関係が築けるわけでもないし、馴れあうつもりもない。それはキッドのほうも同じだろうし、だからこの先、オレたちは顔を合わせることなんてないに違いない。
そしてヤツは誰かに捕まるまで逃げ続けて、オレももとの身体に戻れるまで、江戸川コナンとして生きて行く。お互いの秘密を交換したままで。
作品名:ERROR DETECTION 作家名:にけ/かさね