ERROR DETECTION
最初にカーテンの下から覗いてた足が引き上げられ、向こう側でごそごそ動く気配があって、最後にガタンとちょっと身がすくむくらい大きめの音がしたら、空気の流れが止まった。それでキッドが出て行ったことと、ついでにヤツに窓を閉められたことを悟って、オレはひとりムカッ腹を立てた。
「──勝手に閉めんなっての!」
正直、口実は何でも良かったんだと思う。オレはここでヤツを見逃すことを心底納得してたわけじゃなかったから、ただ悪態をつきたかっただけなんだ。
そのせいで、普段はもうちょっとマシな判断能力さえも鈍っていたに違いなかった。
というのも、子供でもちょっと考えれば気がつくことなのに、オレはヤケクソのように乱暴にふたたびカーテンをめくって、勢いよく窓を開けてしまったのだから。
「──うわっ!?」
「キッド!?」
信じられない!
オレとヤツの声は、多分ほとんど同時だった。
飛び立つ態勢を整えようとしていたのか、それとも庭に降りようとしていたのかはわからないが──とにかくオレが開けた外開きの窓は、キッドを直撃して屋根からはたき落としていた。
そりゃ、開かないと思っていた窓がいきなり開けば驚くだろうし、避けようもないだろう。しかも、うちの屋根はきつい傾斜になってるから、たとえどんなにバランス感覚が良かったとしても、踏ん張るのは至難の技だろうけど、本当に落ちるなんて信じられない。
「……っ」
もう一度大声を出しかけたオレは、ハッとして声を飲み込んだ。あたりの住人に、オレの声を聞きつけられては困るからだ。
次の瞬間、窓際から踵を返していたオレは、腕時計型ライトをつけると屋根裏部屋から飛び出した。
もどかしく階段を下りて廊下を走り、また階段を下りて勝手口から裏庭へと回る。
靴を上に忘れてきたので足下は靴下のままだったが、外へ飛び出すのに躊躇はしなかった。
たしか窓の下には植え込みがあるはずだ。オレがあの屋根裏部屋を使うようになってすぐに、万が一の用心の為に親父が灌木を植えさせていた。高さはビルの屋上から落ちるより全然マシだけど、どんな低いところから飛び降りても、打ち所が悪ければ死ぬことがある。頼むから、植え込みが役に立っててくれよ──。
オレはそんな祈る思いを抱えながら、暗い庭を壁伝いに茂みへと向かって走った。
「おい、キッド!」
落ちたと思われるあたりの茂みに近づいたところで声を潜めて呼んでみた。生きてたら返事があるだろう──そう思ったのにうんともすんとも声が聞こえなくて、段々とイヤな予感が大きく膨らんでくる。
「キッド!?」
探す範囲は限られていたけど、ちいさなライトだけでは心許なかった。隣へ行って、博士から大きなやつを借りてこようか。いやそれより人手の確保が先か。
本気で検討しようとしたその瞬間、南天の木と壁との隙間に何か白いものが落ちているのを見つけて、オレの心臓は停まりそうになった。
茂みの切れ目に身体を割り込ませそこへ近づくと、目に入ったのはキッドの白いシルクハットだった。
だったらこのあたりに本人も落ちてるに違いないと首を巡らせると──いた。キッドは手足の半分を茂みに取られながら、すぐ近くに奇妙な格好でうつぶせに横たわっていた。
……ダミー人形じゃないだろうな。
一瞬、ヤツがよく使うと教えられたことのある、まぬけな顔をした身代わり風船人形の写真が頭をよぎったが、使われたとしても今回はオレの自業自得だ。いや、逆に使われているほうが気は休まると思いながら、人影に這って近づいたオレは、そろりとその身体に手を伸ばす。
「──キッド?」
手の下に触れた身体はしっかりと身の詰まっている感触があって温かかった。身体もゆるやかに上下していたから、死んではいない。
とりあえず、過失致死の罪状からは免れたことにほっとして、オレは詰めていた息を吐いた。
それからキッドの肩をつかんで揺らしてみたが、冗談でなく本気で気絶しているらしく、無防備にされるままになっている。
オレは立ち上がって腕を上げ、ちょっと高い位置からライトでざっとヤツの身体全体を照らしてみた。
──白い衣装に血らしき染みはなし。脳震盪ってところか。
どうやらひどい外傷などはなさそうなことにほっとしたオレは、しかしここで揺さぶり起こして良いものなのか迷って、迷いに迷った末に探偵団バッヂのスイッチを押すことにした。強力な助っ人に助けを求めたわけだ。
「……あ、灰原? 悪ィんだけどさ、博士と一緒にちょっとうちに来てくんねぇかな。……え? いや家じゃなくて裏庭のほうなんだけど。説明はあとで絶対するって。……うん、悪ィな。あっ、それから一応救急箱と、懐中電灯持ってきてくれたら助かる」
怪訝そうというよりは不機嫌そうに応対する相手に口を挟ませないよう、一息で喋っていたオレは、ふっと最後に思いついてひと言つけ加えた。
「──来たら世にも珍しいもん見せてやるよ」
作品名:ERROR DETECTION 作家名:にけ/かさね