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ぱしん！

あ、と小さく叫んだのは花梨か。
館の一室に予想外なほど大きく響いたその音に、頼忠はハッと我に返る。
花梨とイサトがあんぐりと口を開け、紫姫でさえ手で口を覆って。
勝真は。
振り払われた手を掲げたまま、薄く口を開いて目を丸くしていて。
「あ…」
しまった、と頼忠が身動ぎしたのが合図のように、ハッと肩を揺らすと思い出したように手を下ろした。
そしてぐっと口を引き結び、ギロリと頼忠を睨み上げると。
「…、っ勝、…」
「――悪かったな、『帝側』の者が軽々しく触れたりして！」
取り繕おうとした頼忠の声を遮って、動作も荒々しく席を立った。
「勝真さん！」
引き止める花梨の声に一度、行きかけた足を止めて振り返って。
「か、…勝真さ」
「悪いな花梨。また日を改めてくる――あの院の犬がいない時にな」
ク、と顎でしゃくってみせて、勝真は踵を返すとずんずん去っていった。

「…こっえぇ…」
勝真の後姿が見えなくなってから、イサトがぽつりとつぶやいた。
「あ、あんな勝真さん初めて見たかも…」
頼忠と勝真の衝突はこれが初めてではないし、もともと勝真はすこし怒りっぽいようなところのある人なので、普段なら花梨たちもそれほど驚きはしないのだが。
しかし今回ばかりはサーッと血の気が引いた。

あんな、底冷えするような瞳をして。

（…まあ、確かに…今のはちょっと…）
ちらり、と花梨が頼忠へ視線を投げる。
と、イサトも紫姫も同じタイミングで頼忠を見やったところだった。

「……」
３人から同時に視線を受けて、頼忠は僅かにうなだれる。
確かに。
今のは自分が悪かった。
…と思う。たぶん。
別に勝真が帝側だから手を振り払ったわけではなかったが、そう取られても仕方のない状況ではあった。
あの流れで振り払われれば勝真が怒るのも道理だと思うし、すぐに弁解しなかった自分も悪い。
…と思う。おそらく…。
「……」
はー。
頼忠はため息をひとつ吐くと、微妙な表情でこちらを伺っている花梨に顔を向けた。
「花梨殿」
「あ、はい」
「明日は武士団の用がありますのでこちらには参れません。明後日にまたお伺いさせていただきます」
澱みなくそう口にし、頭を下げる。
花梨はすこし戸惑ったようだったが、すぐに微笑んだ。
「え、と…わかりました、ありがとうございます。お仕事、頑張ってくださいね」
「失礼いたします」
紫姫と、イサトにも会釈をしてその場を辞す。
は～～、と背後で花梨がため息をついたのが聞こえたが、聞こえていないふりをした。