鳥の歌
高杉は塾の他のだれよりも松陽のことを慕っていた。それは執着と言っていいほどの強い想いだった。
「ここに来るまえに、見舞いに行った。そのとき、高杉は俺に言った。これで左眼はずっと松陽先生を見続けることができるって、な」
それを聞いて、銀時はわかった。
高杉が生きることを選んだことに、生きて復讐することを選んだことに、気づいた。
だが、そうだとしても。
「アイツはむかしから自己中心的で、はた迷惑な野郎だ。こんなみんな参っているときに、さらに気が重くなるようなことしやがって」
言ったあとに、ふと、思い出す。
「そういや、葬式んとき、おまえ他のヤツに高杉のこと頼まれてたよな。アイツ、荒れてたから。あんとき、俺ァ、気力がなくてなにも言わなかったが、なんでおまえにそんなこと頼むのかって思った。おまえだって参ってるのにな。ってか、おまえ、江戸でなんかあったんだろ?」
そう銀時が問いかけると、桂は眼を見張った。
桂は剣術修行のために江戸に私費留学していたのだが、松陽逮捕の報を受け、郷里に帰ってきたのだった。
この家で久しぶりに逢ったときの記憶が、銀時の頭によみがえる。
あのとき、桂に暗い陰があるのに気づいた。なにかひどく重いものを心に抱えているように見えた。
江戸は、天人が続々とやってきてその支配力を増していて、その反撥も大きく、各地で諍いが続発し、大揺れであるらしい。
なにがあってもおかしくない。だから、なにかあったのだろうと思った。
江戸に行かせなければ良かったと思った。
もっとも、桂の決めたことを覆す権限など、銀時にはなかったし、今もないのだが。
桂はなにも答えないまま、眼を逸らし、うつむく。
しばらく、また、お互いなにも喋らなかった。
そして、やがて沈黙を破ったのは、やはり桂だった。
「銀時」
呼ばれて顔をあげると、桂と眼が合った。
「なにかしていれば気が紛れることもある。もしなにか俺に望むことがあれば言ってくれ。それが俺にできることであれば、そうしようと思う」
銀時は少し笑う。
「なにもねーよ」
軽く告げた。