鉛筆ロイと消しゴムエドワードの冒険
エドワードは白い消しゴムの肌を真っ赤に変えて、ロイの腕にぎゅっとしがみつきました。そんなエドワードに向かってロイは私のパートナーは可愛らしいことだなと微笑みます。途端にきゃあああ、と黄色い声があがりました。背が高く、きちりと尖った芯を持つ鉛筆のロイが微笑んだのですからお姉さんたちが歓声を上げるのも無理はないのかもしれません。
「鉛筆さん?引き出しの国の方ではないわね。もしかして…上の世界の方かしら?」
ほう、というため息をつきながら赤い色鉛筆のお姉さんが尋ねてきました。
「失礼しましたお嬢様方。私は鉛筆のロイ。こっちは私のパートナーのエドワードです」
にっこりとほほ笑みながら挨拶をするスマートさに、色鉛筆のお姉さん達はさらにぼおっと頬を染めました。
「引き出しの国へようこそ、鉛筆のロイさん、消しゴムのエドワード君」
しっかり者の青のお姉さんが十二色を代表して告げてきました。
「今日はどうなさったの?いつもはこんなところまで来ないでしょう?」
そう不思議そうな顔をしたのはオレンジのお姉さんでした。
「ええ、珍しいことに引き出しが開いておりましたもので……これを機に交流などさせていただければ、と」
「あら、いやだ。開けっぱなしなんて恥ずかしいわ……」
頬を染めたのはピンクの色鉛筆さんでした。
「ですが、開いていたからこそ私たちもこうして出会えたというわけですね。…何と言う幸運なのでしょうか…」
あくまで社交辞令の一環として、ロイはそう告げたつもりでした。が、色鉛筆のお嬢さんたちはもう頬に手を当てたり、嬉しそうにほほ笑んだりきゃあきゃあと大変な状態です。しかも十二色ですからそれはもう大変な騒ぎでした。
エドワードはロイにしがみつきながら次第にむっとした気持ちになりました。
ロイはそんなエドワードには気が付きません。きゃあきゃあと黄色い声を上げ続けるお姉さんたちと談笑を続けます。まさに笑顔の大盤振る舞いです。赤のお姉さんのドレスの色を褒め、黄色のお姉さんの笑顔の美しさを讃え、オレンジのお姉さんは言葉遣いまでもが繊細ですね、などと流れるような賛辞を送ります。
エドワードは口をへの字に曲げてしまいました。はっきり言ってこんなロイなどむかつきます。
なんだよ、ロイはオレのパートナーじゃねえか!そりゃたしかに色鉛筆のお姉さんは綺麗だけど、オレなんて消しゴムだから色なんて単なる白だったりするけどさ、だけど、だけどさ……。
「ああ、突然お邪魔して長居するのもよろしくありませんね。エドワード、早めにお暇させてもらうとしよう」
騒ぎを起こすのはロイの本意ではないため、適当な理由をつけて机の上へと帰ろうとロイはエドワードに声をかけたのです。ですが、エドワードむっとしたまま答えません。しがみついていた腕もぱっと離してしまいます。どうやらかなり機嫌が悪くなってしまったようです。
「あら、まだいいじゃありませんか。せっかくこうやって出会えたのですからもっとゆっくりされても…ね?」
紫色のお姉さんがロイの片方の腕をとりました。
「ですが、いつ、引き出しが閉じてしまうかもわかりません。いつもは閉じているというのなら、あまりゆっくりもできませんから…」
残念ね、と告げながら、手を差し出してきたのは茶色のお嬢さんでした。
「では、また機会がありましたらお越しくださいませね」
そうして握手とばかりに差し出されたお嬢さんの手を、ロイはしっかりと握りしめて挨拶をしました。
「きっと…お伺いいたしますよ。ではエドワード、帰ろうか」
エドワードはむっつりと黙ったまま、さっさと一人で駆け出して行ってしまいました。
「エド?」
たかたかたかたかと、走ります。それでも走りながら「お邪魔しましたっ!!!」とそれだけは大きな声を出しました。
「失礼、お嬢様方。なにぶん彼はまだ子供でして……」
非礼を詫びてからロイはエドワードを追いかけました。引き出しから這い出て行って、そうして元の机の上に戻ります。エドワードはずんずんずんずん先へ走って行ってしまうのです。が、
「待ちたまえ、エドワードっ!!何にへそを曲げているのかね君はっ!!」
豆消しゴムのエドワードに、ロイはあっさり追いついてしまいます。見ればエドワードの瞳には涙がうっすらと浮かんでいます。
「え、エドワード……?」
どうしたんだい?尋ねられてもエドワードはうまく声を出すことができません。
「だって……っ」
エドワードの瞳からはぽろぽろと涙がこぼれます。悲しくて、悔しくて。涙が止まらないのです。
「エド?私が何かしてしまったのかな?そうなら謝らせてほしいのだが……」
エドワードはぴっくぴっくとしゃくり上げます。だって、という言葉を何度か繰り返します。それからごしごしと袖で涙をぬぐいました。
「だってロイのパートナーはオレなのに!!手、繋ぐのはオレとだけなのに…っ!!」
そうです。さっき色鉛筆のお姉さんに、ロイのもう片方の腕はしっかりと絡め取られて、握手までしまっていたのです。
……オレの、ロイの手。手繋ぐのはパートナーの特権なのにっ!!
お姉さんたちにきゃあきゃあと声をかけられたロイ。お姉さんたちに笑顔を向けたロイ。それもムカついてしまったのは事実です。でもそれよりも……。
あんなふうにいつか、ロイはオレ以外の誰かの手を取っちまうのかな。
それが嫌で嫌でたまりません。所詮エドワードは消しゴムです。字を消していればいつかはケシカスと呼ばれる存在になってしまうのです。
形なんてなくなってケシカスになったら。そうなったら、ロイはオレ以外の別の消しゴムをパートナーに選ぶのかな。自分で言うのも癪なのですか、エドワードはちっこい豆消しゴムと呼ばれているのです。そう、ゴシゴシ削れば他の消しゴムよりも早く消しゴムとしての人生を終えてしまうかもしれないのです。
……ヤダ。ぜってー嫌だ。オレのほかにロイが誰か別の消しゴムをパートナーに選ぶなんて。
そう、色鉛筆のお姉さんに腕を取られたロイを見た瞬間に、エドワードはそんなところまで考えてしまったのです。鉛筆も消しゴムも、使われるために生を受けました。だけど、使われれば使われるほどその寿命は早く縮んでしまうのです。
いつかきっと。
そう思うとエドワードの涙は止まりません。ロイの次のパートナーになるのはどんなケシゴムなんだろう。オレみたいにこんな豆で白いだけの消しゴムじゃなくて。あの色鉛筆のお姉さんたちみたいに、綺麗な色付きの人もいる。そうだ、イチゴとかメロンとかの香りのする消しゴムだっているんだ。ロイは…そっちの方がいいのかもしれない。だってあんなふうににこにこ笑ってたし。綺麗な女の人の方が好きなのかもしれない。
嫌な考えはますます広がります。
いつかきっと。ロイはオレがいなくなった後きっと綺麗なあの色鉛筆のお姉さんたちみたいな消しゴムをパートナーに選ぶんだ……。
その考えは勝手に確信に変わります。そう思えば思うほど涙は溢れて止まりません。
そんなエドワードをロイは優しく抱きしめました。
作品名:鉛筆ロイと消しゴムエドワードの冒険 作家名:ノリヲ