竜ヶ峰帝人の困惑
寝ていたら邪魔だし、起きていたら鬱陶しい。
狩沢を除くワゴン組の心が一つになるくらいに、臨也はどうしようもなく臨也だった。
「というわけでさ、俺と帝人君は全世界に祝福されながら恋人という新しい段階に進んだわけだよ!きゃー恥ずかしい!でも幸せ!ラブラブ!?俺たち超ラブラブでさぁ!!」
滔々と車内で臨也の演説が続いている。
目が覚めて、事情を聞かれた臨也は「俺もシズちゃんの一撃で記憶が吹っ飛んでたらどうしよう。ちょっと最初から話すよ」と言ったので、狩沢が馴れ初めを聞きたがった。
その結果の演説がかれこれ30分は続いている。
「臨也、その話まだ続くのか・・・?」
「はぁ何言ってんのドタチン!まだ恋人になったところだろ、これからラブラブ甘甘な同棲生活まで続くんだけど!もう帝人君ったら半端なくかっわいいの!」
「同棲までしてたのか・・・色んな法律に抵触しそうだが、大体お前フラれたんだろ?」
呆れ顔で見事に地雷を踏みぬいた。
「フラれてないっ!!!フラれてなんかないよ!!っていうかそうだシズちゃん!あいつなんか訳わかんないこと言ってたんだけど!男なら他にもいるとか馬鹿じゃない!?なんで俺が男なんか好きになるのさ!っていうか帝人君以外を好きになるのさ!」
んなわけないだろー!と絶叫する。
静雄並みに額に青筋がたっている。
喚く臨也を「どうどう」と言いながら門田がなんとか抑えると、うぅむと唸った。
(竜ヶ峰はどうなんだ・・・同意の上なのか?それともこいつの妄想なのか?)
これ以上ないほど臨也の評価は低かった。
が、狩沢の評価は鰻登りだ。
「きたーーー!!BL世界において鉄板のセリフよ!男なんて関係ない、お前だから好きなんだ・・・あぁこんなところで聞けるなんてーー!!」
「だから狩沢さん!それ以上封印解いちゃまずいですってば!」
きゃあきゃあと盛り上がる。
門田と狩沢の間に境界線でもあるのかというほどに、陰と陽、明暗が分かれていた。
臨也は人の話なんて碌に聞いてない。
自分の世界に入り込んで「っていうかまともな人間ってなんだよ。いや、そろそろってどういうこと?俺はいつだってシズちゃんよりはちゃんとした人間だよ。あの人外に言われたくないんだけど」と文句を言っている。
その部分も門田には理解できないものだったので、とりあえず聞き流しながらこの状況をどうするべきか考える。
「とりあえず狩沢、一回止まれ。戻れ」
「何言ってるのドタチン!こんなに興奮することそうそうないよー!」
「それでもいいから落ち着け!話ができん」
「あっ、そうねそうね!イザイザの話し聞かなきゃねー。ほらほら、同棲にまで持ち込んでそれから!?」
ガクガクと臨也の両肩を狩沢が掴んで揺さぶる。
BLに目がくらんだ腐女子は池袋一強いかもしれない。
首がもげるんじゃないかと言うほど揺らされているはずの臨也は、顔色一つ変えず
「そう、俺と帝人君はラブラブなんだよ」
と言い始めた。
目が据わっている。
「なんだって買ってあげたし、教えてあげたし、すごいです臨也さん!とかって帝人君もすっごい目キラキラさせたりしてさ」
「うんうん!」
「料理だって作ってあげるし、宿題だって手伝うし、洗濯は自分でやりますって断られたけど」
「うんうん!!」
「俺って尽くす男なんだよね。だってほら笑ってくれると嬉しいしさぁ、頼ってくれるとまんざらじゃないって感じ?」
「いーじゃんそれ!攻めが受けに対してすっごい尽くすのってよくあるよ!」
「あるの!?あるよね、だよね!」
そこで初めて臨也が他人の言葉に反応した。
反対に狩沢の両肩を掴む。狩沢も臨也の肩を掴んだままなので、まるで2人スクラムだ。
門田が止めようとするのも無視して
「じゃあそこで、家出された場合はどうなるの!?」
その言葉でようやく門田は状況を把握した。
混乱させたのは静雄だが、その静雄の腹を刺したのは臨也だ。
「つまりお前、竜ヶ峰のこと構い過ぎてウザがられて家出されたんだな?」
「最初からそう言ってるじゃん!」
「言ってねぇよ!」
くわっと目を見開く2人。
大人げない臨也の姿に、精神的にまともな大人である門田が一歩引いて「いや、わかった」とテンションを落ち着ける。
「どうせお前鬱陶しいことをしたんだろう。竜ヶ峰は良い奴だ。そんなあいつを怒らせるなんてよっぽどだろう」
「何言ってんのドタチン。意外と帝人君って怒りっぽいんだよ」
というより、キレたら何するかわからない、というだけである。
それに怒らせているのは大体臨也が原因なのだから、自業自得というものだ。
「怒ったとこも可愛いんだけどね。あ、そうそう帝人君って可愛いんだよ、すぐ真っ赤になるし」
「青少年保護育成条例ぃーーーっ!!!」
顔を赤くして怒る門田に、「ハッ」と臨也が鼻で笑う。
ムカついて殴ってやろうかと思ったが、次の言葉で握った拳を開いて目頭を押さえるはめになった。
「俺が帝人君に手出せるわけないだろ!嫌われたらどうすんのさ!」
胸を張った臨也には、自分のセリフがどれほど甲斐性のない男のものなのかということをわかっていない。
逆に「怒られないギリギリを見極めてるんだよ」なんてほざいているが、結局怒られて家出されているのだ。
「じゃあなんだ、家出されたとこ迎えに行くとこなのか?」
「・・・その、つもり・・・なんだけどさ」
「もしかしてみかぷーの居場所わかんないの?」
「いや、それはGPS付けてるから」
「付けてるのかよ!」
ガチガチと携帯を操作する。
盗聴器は外したがGPSを外せとは言われてない。というより、帝人もこんなもの埋め込まれてるとは想像もしてない。
「これないと帝人君がどこにいるかわかんないじゃん。もし誘拐されたらどうするの。ま、こんなのなくても絶対に助けに行くけどさ」
「許可は」
「取ってるわけないよ。怒られるもん」
「怒られるとはわかってるんだな・・・」
臨也の駄目なところは、やってはいけないと理解したうえでやるという部分だ。
携帯を確認しても帝人の位置は、やはり新羅の家から動いてはいない。
ちゃんと学校からたどり着いてるみたいで良かった、という気持ちと、もう帰って来てくれないのかなという不安で心が痛い。
帝人の位置を示す赤い点滅に、指を這わせて息をつく。
その様子を見て、門田が口を開いた。
「お前も出て行かれたのが自分のせいだってわかってんだろ?とにかく構い過ぎなんだ。たぶん」
「だってさぁ、あの子が好きなのは非日常なんだよ。ぶっちゃけ俺より非日常って言われてるし。酷いよねぇ・・・こんなに愛してるのにさ・・・」
ふと臨也が遠い目になった。
一瞬臨也に同情しかけた門田だったが、今まで臨也がしてきた所業を思い出せば、このぐらいは軽い仕返し程度なんじゃないかとも思う。
それでもフォローしてしまうのが悲しい兄貴の性だ。
「じゃあ非日常を・・いや、竜ヶ峰が欲しい非日常って俺にはよくわからねぇが、それを提供するのは?」
「もうやったし、っていうかやってるし」
「イザイザ!押してダメなら引いてみろ!は?」
「引いてどっか行かれたりしたら俺死ぬよ」