竜ヶ峰帝人の困惑
「んー、じゃあここはいっそ、俺と結婚してくれ!じゃないっすか?」
「それは飛び過ぎだ!どうしてそうなった!?」
細い目を空へ向けて、遊馬崎が言う。
掴みかかる門田にへらへらと笑いかけている向かい側で、臨也が真面目な顔で顎を掴んで考え込む。
その頬には確実に見間違えることなんてないだろうというほどの赤みが刺していたが。
「結婚ねー、ま、今の日本じゃ無理だけど。外国行くってのもみかぷーは考えなさそうだし、現実的な子だしね。でも離れないですむ一つの契約の形よねぇ」
「狩沢!あんま臨也のやつを煽るな。竜ヶ峰が可哀そうだろう」
「いやいや門田さん!竜ヶ峰君はツンデレっすからね!んで押しにも弱い!ってことは、家出=ツンだとして、帰ってきたらデレタイムっすよ」
んでぇ、と言ってパチンと狩沢とハイタッチをかわす。
「反省した、俺も悪い部分を治す努力をする。君のために非日常だって作って見せる!だから結婚してくれ!とか言えば、案外いけちゃうかもしれないっすよ?」
「あ、それと、家出されて君のいない生活で寂しさに気が狂いそうだった、とか!」
よくあるー!とテンションを上げる狩沢に、いやに落ち着いた目で臨也が言った。
「もう気なんてとっくに狂ってるよ」
あまりにもしみじみとした口調だった。が、次の瞬間顔が限界まで溶けた。
ニタリ、とか、デロリ、といった音が似あいそうな表情に、門田が「うっ」と一声漏らす。
「で、でもけ・・けけけ結婚とか!結婚とか・・・っ!帝人君が一生俺の傍に・・・ふふふふ」
「駄目だからな!?竜ヶ峰には竜ヶ峰の人生があるんだぞ!」
「その人生の横に俺がいてもいいじゃん!むしろ俺との出会いから墓場まで、だよ!」
「お前は横やりを入れるから駄目なんだ!だいたい」
腰に手を当てた門田が、そこで大きく息を吸う。
「愛される努力をしてるのはわかった。けどな、その方向を間違えたらただの迷惑だ。竜ヶ峰のこと考えてやれ。そのうえで、あいつの望みを叶えてやれ」
それが最善の形だ、と重々しく告げる。
(こいつが竜ヶ峰のため、っつって行動したことが、竜ヶ峰の気持ちに沿うかといったら、たぶんそれはないだろう)
やり方を間違えてないのなら、そもそも家出なんてされてないだろう。
ということは、臨也がその気持ちのアピールの仕方を変えればいいのだ。
どうせアピールせずにはいられないのだろうから。
「・・・帝人君の・・・」
携帯を見つめながらぽつりと呟く。
「そのGPSだって、心配だからってちゃんと説明したら、もしかしたらOKもらえるかもしれないだろ。他にも・・・あー、なんだったか」
「ケーキ20個買ってったら怒られた・・・」
「それだって月1に2つ3つぐらいでいいだろう。普通」
「・・・俺、普通とかわかんないし。怖いんだもん、早く俺のこと好きになってくれないと、俺捨てられ・・・っ」
「だからそれを竜ヶ峰に聞くんだ。喜んでほしいからやってるんだってことも、もしかしたら竜ヶ峰には通じてないかもしんねぇぞ」
「・・・そうなの?」
そう言って涙目で首をかしげる臨也に、門田は特大のため息をつく。
(こいつは今までどんな恋愛してきたんだ・・・)
と脳内で問いかける門田にも、まさかこれが臨也の初恋だとは想像もつかない。
そこでもう一度携帯を見た臨也が「あぁっ!」と叫び声を上げた。
「な、なんだ、どうした!?」
「赤いのが動いてるっすね」
「つまりみかぷーが移動してるってこと?」
臨也の肩越しに携帯を2人が覗き込む。
携帯の中で、確かに赤い点滅がじわじわと移動をしていて、それが向かっている方向は
「・・・俺の、家の方、だ」
ぽつりと零した臨也に、門田が苦笑して「よかったな」と告げた。
「・・・帰ってきて、くれる、のかな」
「そうなんじゃねぇか?ま、そんならお前も移動しねぇとな」
乗れよ、とワゴンを指さす。
携帯を見つめたまま動かない臨也を、遊馬崎と狩沢がぐいぐいと背中を押してワゴンに突っ込ませる。
「話し終わったのか?どうすんだ?」
助手席に乗り込んだ門田に、ルリの動画を見ていた渡草が問いかける。
ちらりと後部座席に目をやれば、携帯を見たまま涙目で感極まる、といった表情の臨也。
それを指さして、「あいつの家」と告げれば、ワゴンは軽く走りだした。
「そういえば臨也、言い忘れてたんだがよ」
「何?俺早く帰りたいんだけど。もっとスピード出ないわけ」
「いきなり調子取り戻すな!いやそうじゃなくてお前・・・そのデコ、痛くねぇのか?」
「え・・・」
そっと自分の額に触れると、ビリっとした痛みが走る。
指先にこびりつく乾いた血を見つめながら
「・・・・誰も手当とか、してくれなかったわけ・・・?」
「あー・・その前に起きちまったし・・痛くなさそうだったんでな」
「・・・・・」
ぐすっと鼻を啜りあげた臨也の姿は、なんとも悲しさを誘った。