竜ヶ峰帝人の困惑
じゃあ頑張れよ、と門田の一声を残してワゴンは走り去った。
マンションの前、そして、帝人の目の前である。
「・・・ひ、久しぶり・・」
GPSで居場所は確認していたけど、まさかこんなどんぴしゃで出会うことになるとは、さすがの臨也も心の準備が足りない。
逆に帝人はとても落ち着いた表情で、穏やかに微笑んだ。
「おひさしぶり、です。臨也さん。あぁやっぱり・・・」
とん、と臨也の前まで足を進めると、その細い指を臨也の額に触れさせる。
額に感じる帝人の体温に、近くに香る帝人の匂いに、臨也はめまいがしそうだった。
久しぶりすぎて耐性がなくなっている。
(抱き着きたい抱きしめたいキスしたい頬ずりして舐めてぎゅってして愛されたい)
なんて臨也が思っていることを知ってか知らずか、至近距離から帝人はいっそう優しげに笑う。
「おでこ、怪我してますね。電柱に頭ぶつけたんですよね?聞きました」
「・・・そんな情報、集めなくていいのに」
「臨也さんのこと知りたかったから」
むすっと拗ねた表情になった臨也の顔が、帝人の言葉1つで百面相状態だ。
真っ赤になった臨也の手を引いてマンションへと入る。
帝人が当たり前のように合鍵で部屋を開けてくれたのが嬉しかった。
玄関をくぐり抜けた帝人が、くるっと反転して、ドア前で立ち尽くす臨也に向かって両手を広げる。
帝人の行動がわからず顔に?マークを張り付けていると、
「おかえりなさい臨也さん。あと、ただいま、です」
「・・・っ!み、帝人君!!」
照れた顔の帝人をぎゅぅぅっと目一杯の力で抱きしめる。
苦しいですよ、と言いながらも帝人が背中に手を回してくれた。
あまりの幸せに寝てないことも相まって、だんだんと瞼が閉じそうになる。
じわじわ体重を掛けられている帝人が「とりあえずリビング行きましょう」と言ってくれなかったら、そこで倒れていたかもしれない。
ソファに2人並んで座るのも久しぶりだった。
「飲み物淹れようか?」
と、横にいる帝人を伺うけれど、首を横に振られてしまう。
じっと押し黙った空間にそわそわとしてきた臨也を横目でちらりと見ると、帝人は一呼吸して
「すみませんでした臨也さん」
「・・・っす、すみません?」
臨也の脳内では急激な速度で(すみません臨也さんやっぱりあなたには付いて行けませんさようなら)と帝人の声が再生されている。
一気に真っ青になる臨也には気付かず、帝人は言葉を続けた。
「色々と考えたかったので出ていきましたけど、まさかそれで臨也さんが怪我するとか・・・まぁ臨也さんの自業自得なんですけど、思わなかったもので」
「あー・・うん。でもさぁ、俺帝人君のこと好きになってから、たぶん1回もまともだったことってないよ」
「それは知ってます」
すぱっと言い切る帝人に、苦笑いを浮かべる。
帝人はふー・・と長く息をはくと、テーブルに出してきた脱脂綿を消毒液に浸す。
ちょいちょいとそれを臨也の額につけると沁みるらしく、ぎゅぅっと目と口をぷるぷる震わせながら閉じる。
しつこくこびり付く血がなかなか落ちなくてぎゅうぎゅう脱脂綿を押し付けても逆らわない臨也に、帝人は楽しくなってきた。
ぐいぐい額を押されて首がのけぞっている。
「ねぇ臨也さん。僕ちゃんと言ってなかったかもしれないんですけど。むしろそのせいなのかな、って一応反省したんですが・・」
ぐぐーっと力いっぱい脱脂綿を押し付けているせいで、ダラダラと顔に血と消毒液がまざったものが流れてくる。
臨也も全身の力を首と腕に使って、ソファから落ちないように必死だ。
(え、なにこれ、この状況なんなの?え、首もげろ!ってこと?)
そんな風に臨也が考えるのも仕方ないぐらいの帝人の全力だった。
元が非力なので、さすがにもぐことはできないが。
しかも臨也は消毒液が目に入るのが怖くて、ずっと目をぶつっているから見えてないが、帝人は今とてもいい笑顔をしている。
(こんなことされても抵抗しない臨也さんっておもしろいなー)
なんて考えている。
でも今から言う言葉に対して、このぐらいのお茶目は許されてしかるべきだとも思っている。
帝人が思いつく限り、最大級のデレだった。
「僕は臨也さんのこと、臨也さんが思ってる以上に、好きですよ」