竜ヶ峰帝人の困惑
その言葉を聞いた瞬間、臨也の首と腕から一切の力が抜けた。
結果、
「い・・・ったぁ!」
ドタンッと大きな音を立てて、帝人ごとソファから落ちた。
それでもとっさに帝人を腕に抱きこんで床にぶつからないようにしたのはさすがだった。
臨也の胸に抱きとめられたまま、帝人は静かに告げる。
「好きですよ。でなきゃあの『帝人君フォルダ』見たときに別れてます」
「で、でもっ!出てっちゃったし!あ、いやっ、すすす好き、好きでって!好きでいてくれたほうがっ、俺はっ、断然嬉しいんだ、けど!」
胸に顔をうずめているせいで、臨也の心音がまるで太鼓の音のように聞こえる。
スピードが速すぎるせいで良いリズムだとは言い難いが。
「僕、臨也さんと付き合う前、4日間ぐらいでしたっけ、ずっと臨也さんのこと考えてたことあるんです」
「おおお俺は出会う前から帝人君のこと考えてたよ!」
「あぁ・・・はい、臨也さんはそういう人ですよね。まぁそれはいいです。付き合うことになってからも、半分以上は臨也さんの奇行のせいですけど、臨也さんのこと考えない日はなかったですし」
「俺だって毎日帝人君のこと考えてたよ!今なにしてるかなとか、誰と喋ってるかなとか!」
「知ってます。っていうかちょっと黙ってください」
少し帝人が声を低めると、返事の代わりに抱きしめる力が強くなった。
帝人は目を閉じて、今までのことを思い返す。
与えられる愛情が超弩級すぎて、逆に与えたことなんてなかったかもしれない。
まぁ与えられるものを受け止めるだけで、与えることと同じぐらいの苦労だけれど。
たった3日ではあるが、離れてみてわかったのだ。
寂しいのだと。
会わなければ顔が見たくなるし。
会いに来なければ不安になるし(盗聴器もある意味不安だったが)
調べてみれば怪我してるし(臨也自身のせいだけど)
門田さんに同情心たっぷりの目で見られるし。
きっと臨也は不安で不安で仕方ないのだ。
だからその不安を、何かを与えることで処理しようとするから鬱陶しがられる。
その悪循環に自分でも気づいてないに違いない。
そして、その不安を取り除けるのは他の誰でもない
(僕だけ。僕だけが、できる)
優越感と一緒に喜びと愛しさが混じる。
「本当はさっきわかったんですけどね。臨也さんのことが好きだって」
「さっき!?」
黙れと言われたので静かにしようと思っていたけれど、さすがにつっこまざるを得なかった。
ひょこと胸元から顔を上げた帝人に、しぃーっと唇に指を当てられたら、ほやんとした幸せ顔でまた口を閉じたが。
「非日常と臨也さんを比べたら、非日常だろうって思ってたんですけどね。でも・・・」
見たことのない世界がそこにあったとしても、きっと
「臨也さんがいないと、気になって仕方ないし、寂しいし」
他の誰が傍にいてくれたとしても、それが臨也じゃないなら、自分は寂しいままで
「僕の一挙一動に全力で応えてくれて」
「笑ってくれて、嫉妬したり、情けない顔したり」
「何より・・愛してくれて」
臨也のほわほわしていた笑顔が次第に歪んで、ついにはボロボロと涙をこぼし始めている。
それでも今は目を閉じたくなくて、でも抱きしめている腕を離したくもなくて、必死に涙でにじむ目をこじ開けて帝人の姿を見つめる。
「うー・・・うぅ・・」と唇を噛んで嗚咽をこらえる姿に、帝人は軽い笑い声をあげた。
「ははっ、ねぇ臨也さん。ごめんなさい不安にさせて。何もいらないんですよ、ケーキも服も情報も。臨也さんがいてくれたら、それでいいんです」
腕を伸ばして、そっと涙をぬぐう。
真っ赤になっている目じりに、伸び上がってキスを落として
「あなたが一文無しになっても、愛してますよ」
恋人になった時と同じ、満面の花がほころぶような笑みだった。
嬉しさやら何か感情がいっぺんにごちゃごちゃになって、うーうー泣きながら臨也は必死に嗚咽を堪える。
ソファから落ちた時に打ち付けた後頭部がかなり痛くなってきていたけど、そんなことはどうでもよかった。
震える両手でもう一度帝人の体を強く抱きしめて、今できる力の限りの美声を振り絞って
「み、みかどくん・・お゛、お゛れと、げっごんしてぐらさいぃ〜」
えぐえぐ泣く臨也に、ぷっと吹き出しながらも
「はい、いいですよ」
と、付き合うことを了承した時と同じセリフで、あの時よりは涙でしょっぱくなった口づけを交わした。