竜ヶ峰帝人の困惑
第1に、これは想像していたことだったが、臨也は独占欲が強かった。
学校から帰ってくれば(盗聴器具などを撤去したせいで)帝人の日中の動きがわからないため、一日何があったのか誰と喋ったのか何を食べた勉強は怪我は嫌なことはなかったのか、などなどなど!
矢継ぎ早に尋ねられる質問にうんざりしつつも、少しばかり乙女な思考で「心配してくれてるのかな臨也さん」なんて考えていた帝人は実に甘かった。
3日目ぐらいから報告することが面倒になった。あたりまえだ。
いまどき小学生でも「今日学校でね〜」なんて会話を親とすることも少ないだろう。
だが臨也は聞きたがった。そして話さないと「やっぱりカメラ・・・」と呟くのだ。
日中は矢霧誠二メモリアル(盗撮写真集)によって買収した波江が臨也の秘書兼監視役もしてくれており、波江の帰宅時間には帝人自身が家に帰るため不穏は動きはさせないようにしている。
余談だが矢霧誠二メモリアルは「えへへ写真ぐらいならいいですよ!お姉さんったら可哀そう!」という半笑いプラス上から目線の張間美香の協力のもとに作られている。
(臨也さんがストーカーになるとか、ありえそうな怖い状況にはなりたくない・・!)
付き合う前はストーカーだったという部分には意図的に目をつぶっている。
もう『帝人君フォルダ』については、考えない、を選択している。
第2に、メールが多い。
酷い時には1時間に30通ぐらい来ていた。しかも授業時間も込みでだ。
1時間は60分、つまり2分に1通くるペースである。
授業中のためマナーモードにはしているが、それでも静かな時だとバイブ音は響く。
鳴っては止め、鳴っては止め、なにかゲームでもしているのかと勘繰られるほどの速度だった。
しかもメールの内容が薄い。
「今数学の時間だよね?頑張って!」
「依頼人が超ハゲてた(笑)」
「帝人君ってケーキは何が好き?買って帰ろうかな」
「これから会うやつ女だけど、浮気じゃないからね!心配しないでね!」
などである。女子高生だってもっと実のあることを話しているはずだ。
(ハゲだろうと女だろうと知りませんよそんなこと!)
ついったーでもしてればいいんじゃないかと真剣に帝人は検討した。
わざわざ「そんなことどうでもいいです」なんて返すのも面倒で放置していたら、今度は休み時間に電話がかかってくる。
そして臨也の相手をして休憩時間が終わり、またメールが来るという悪循環だ。
さすがにこれには勉強に支障がでるということで、最終奥義「嫌いになります」を発動させた。
結果、メールは一時的には止まったが、臨也が死んでるんじゃないかと思う顔色になったため、危険な技として封印することになった。
本当につくづくな男である。
第3に、くっついてくる時間と体の距離感が半端なく長く近い。
空調がきいている他人がいない空間だから、これもギリギリで耐えた。
まずやってくれと頼まれたため「今から帰ります」メールを送る。
そしたらマンション前に臨也が待っていた。
笑顔で迎えられて、まぁ最初は恥ずかしいが蜜月みたいなものなので、誰とも付き合ったことがない帝人としては、恋人ってこういうものなのかなと、これまた優しく考えた。
そこでがっちりと手を握られて、玄関をくぐれば徐に抱きあげられてリビングへと運ばれる。
そしてそっとソファに降ろされ、すでに用意されていた紅茶を手渡される。
「先に手洗いうがいしたいんですが」と主張すれば、「あぁそうだね」とこれまた笑顔で洗面台まで抱きあげて連れて行かれた。
リビングに陣取ってからはソファの隣で肩に腕をまわして座り、立ち上がれば背後に付かれ、寝る時は抱き枕のごとく抱き締められる。
(異常だ・・・)
帝人がそう思うのも仕方ない。
しかもこうなるといよいよ不気味なのは貞操が無事なことだ。
最初にベッドに連れていかれて抱きしめられた時は、正常な男として、恋人として、(あぁそういうことするのかな)と積極的にではないにしろ、帝人だってそれなりに覚悟はしたのだ。
だが臨也は抱き締めるだけで「それじゃおやすみ」と案外そっけなく言って眠ってしまった。
だから帝人も、(くっつき魔なだけか・・・)と穏やかに眠ることにしたのだ。うざかったが。
もちろん、臨也がただ抱きしめるだけで終わったわけない。いや、むしろ終わっていた。
(帝人君帝人君ハスハス可愛い可愛いやばい勃ちそうヤりたい帝人君どうしよう我慢我慢ここで手出して嫌われたら俺は飛び降りるあぁでも可愛い)
となっていた。
余計なところで干渉してくるくせに、いざという時何もしない、いやできないダメ男の見本のようだった。
そっけなくおやすみと告げたのも、感情を言葉に乗せたらどう考えても不審がられる声音にしかならないからだ。
帝人が安心して眠ったあと、くわっと目を見開いた臨也は一睡もせずに帝人の寝顔を見続けた。
寝不足を顔に出さなかったことが、唯一の快挙だろうか。
まぁそんな臨也の事情など知るはずもない帝人は、この生活を何とも言えない気持ちで過ごしていた。
そしてふと、夕陽に照らされた教室の中で、「これから帰ります」メールを送りながら思ったのだ。
一体自分は何やってるのかと。
(恋人って、こんな関係だっけ・・・?)
一つの形としてはアリかもしれないけれど、それを帝人自身が望んでいたかと言えばノーだ。
これではストーカーが公式ストーカーになっただけではないのか。
「正臣、僕・・・」
それでもなぜか臨也を捨てるという選択肢を選ぶ気が起きないのだ。
つまり
「僕、だめんず好きなのかな・・・・」
「・・・・か、金は、あるぞ臨也さんって・・・・」
絞り出した正臣の声は苦汁に滲んでいた。
どちらかというと別れてほしい正臣ができる、精一杯のフォローだった。