竜ヶ峰帝人の困惑
だから帝人は自分の愛を受け入れるべきだと思うし、自分の目の届く範囲にいて、自分だけを見て話して笑うべきだとも思っている。
実際臨也は仕事以外の時間を、すべて帝人のために捧げている。
あれほど嫌っていた静雄との戦争も行っていないし(時間がもったいない)、プライベート用の携帯からは帝人以外のアドレスはすべて削除した(帝人君以外は必要ない)、帝人が泣いてはいけないから危ない仕事は減らしたし、金だって帝人のためにしか今は使ってない。
自分がそうしているのだから、帝人だってそうするべきだ、と臨也は信じている。
愚直なまでに、そう信じているのだ。
「俺は君のために生きてるんだから、君だって俺のために生きるべき」
だからそんな主張を平然と行う。
帝人は自分の頭のどこかで、何かがプツリと切れる音がした、と後に正臣へ語った。
「・・・っうざい!!!」
「へ?」
ダァンッと拳をテーブルに叩きつける。
まさか帝人がそんな暴力的な姿を見せるなんて思いもせずに、臨也はただ目を丸くした。
フォークを置くと、
「帝人君、手怪我するよ」
帝人の拳に手を伸ばすが、あっさりと振り払われる。
キッと睨みつけてくる帝人君も可愛い、なんて腐った思考を垂れ流しにしながら、臨也はまた不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「臨也さん・・・本当に心の底からあなたはうざいです。なんでそこまで干渉してくるんですか!僕にだってプライベートってものはあるんですよ!」
「だから俺のプライベートは君に全部渡してるじゃないか」
「等価交換とでも言いたいんですか冗談じゃないです。僕はあなたが日中何をしてようと気にしませんから、僕のことも気にしないでください!」
「は?なんで!俺は気になるよ!なんで帝人君は気にしないとか言うのさ!好きだったら気になって当たり前だろ!?君は俺の恋人なんだから、俺が好きなんだから気にしなよ!」」
「好き・・・っ、だからってわざわざ報告聞きたいとか思いませんし、怪我とか危ないことさえしてなきゃどうだっていいです!」
「どうだっていい!?何馬鹿なこと言ってるの、俺のこと好・・・っ」
そこで臨也はぴたりと動きを止めた。
表情すら凍っている。
「俺のこと、すきじゃない、とか、言うの・・・?」
怒りのためか、それともこみあげる感情を抑制するためか、口の端が引き攣っている。
軽く体を震わせて、大きく2度ほど深呼吸を繰り返した。
臨也のそんな姿を見て、帝人は横に首を振る。
「好きですよ・・・一応。たぶん、きっと」
「何それ!?」
「だってここまで臨也さんが駄目な人間だとは思わなかったもので・・・。いえ、まぁ何と言いますか、僕が好きなのは非日常なんです」
「だ、から!俺だって頑張って君のために色々とやって・・・!」
実際臨也は帝人が望む非日常のために色々と苦心した。
あくどいことは帝人が×を出したので、セルティから人外の存在について聞いたり探したり、危ない人たちとの繋がりや仕事内容を教えてあげたり、情報屋としてのニュースソースや情報の集め方など、帝人が知らない世界についてのことをたくさん教えてやった。
そのたびに帝人が「すごいです!」を満面の笑みで連発してくれるので、臨也も調子に乗って教えすぎた感も否めないが。
臨也が持てるだけの非日常をすべて開示、提供したようなものだが、それについて臨也自身が恐れいていることがある。
それは、帝人が『臨也自身が非日常的な存在ではない』ということに気づいてしまうことだ。
確かに情報屋という普通ではない職についていて、性格も考え方も普通ではないだろう。
けれど、結局はそれだけ、なのだ。
(俺はシズちゃんみたいな力があるわけじゃない。セルティみたいな人外の存在でもない。だから、早く俺を絶対的に愛してくれなきゃ駄目なんだ。完全に非日常な存在よりも、俺が作りだすものを、何より俺自身を早く愛してくれないと、俺は・・・っ)
あっさりと、帝人に捨てられるのではないか?
そんな恐怖が、ずっとずっと臨也の精神を蝕んでいた。
だから、あらゆるものを与えた。
だから、自分以上の存在が帝人に近づいていないか確認したかった。
だから、いつだって帝人と繋がっていたかった。
(時間がない・・・帝人君に絶対的に非日常よりも愛されるまで、俺が捨てられるより早く、なのに時間がない)
今だって帝人が言ったことは、「好きなのは非日常」=「臨也より非日常が好き」である。
こんなことでは駄目だ、と臨也の顔色がどんどん白くなっていっているのを見て、帝人は失敗したなぁと気付かれないように舌打ちした。
臨也の独占欲が強そうだということもなんとなく理解はしていたし(でなきゃストーカーなんてやってない)、手慣れているように見えて精神状態が意外といっぱいいっぱいだということも、雰囲気で伝わってきていた。
(そういえば僕って、臨也さんのことばっかり考えてたな、と思って付き合ったんだっけ・・・)
段々忘れ始めている付き合ったきっかけを思い出すと、ふとある考えが浮かんだ。
帝人が真剣な表情で黙りこんでいるため、次に言われることが恐ろしくて何も言えない臨也が泣きそうな顔をしている。
その臨也をキッと鋭い目で帝人が見据えると、ビクンッと思いっきり体を震わせた。
「臨也さん」
「・・・や、嫌だよ・・・わ、わか、別れ話、っとととかき、聞かないんだからね!」
まさにガクブルといった感じで首を横に振る。
帝人は(よし)と心を決めると、ゆっくりと口を開いて
「僕、しばらく家出します」
荷物をまとめることができたのは、泣き崩れて足に縋りつく臨也を辞書の角で殴りつけて気絶させた後だったが。