竜ヶ峰帝人の困惑
『おかえり帝人。今日は酢豚だ!』
「セルティの作る酢豚は絶品だよ!あ、おかえり帝人君」
セルティが何かを作るたびに、食べたことのない料理も絶賛する新羅とセルティがリビングに座ったまま顔だけむけて迎え入れてくれる。
帰宅した時の、距離感ってこんなものだよなぁと、改めて帝人は考える。
ただいま、と2人に告げるのも、もう慣れた。
自分用にとあてがわれた客間に鞄を置いて、持ってきているノートパソコンを立ち上げる。
いくつかの掲示板と、もう一度ダラーズの方を見てみるが、やはり『折原臨也の奇行』は至る所で書き込まれていた。
「あの人は・・・」
と重苦しい溜息をつく。
非日常は大いに受け入れる自信がある帝人だが、こういう悲しい非日常はさすがに欲しくない。
「ホントにどうしようもない人」
声に出した言葉は冷たいものだったが、口調はそれを裏切って優しいものだった。
ぽちぽちと携帯を操作して、データフォルダを呼びだす。
そこに2枚の画像データが入っている。
1枚は、臨也と帝人の2人が写っているもの。
もう1枚は、帝人が撮った臨也の姿。
「・・・・美形って得だな」
液晶画面の向こう側で、すやすやと気持ちよさそうに眠る臨也の姿をそっと指でなぞって、帝人はセルティの手伝いにキッチンへと向かった。
セルティが作り、帝人が何度か味見をして手を加えながら完成した酢豚を3人で食べる。
今日の依頼のことや、テレビで得た情報などを話す。
和気あいあいとした空気の中で、ふと帝人は思い出したことを話しだした。
「そう言えば、酢豚って作るの結構面倒なんですね」
「あーそうだねぇ。肉に下味付けて、野菜切って、揚げて、タレ作って、だもんねぇ。あぁ、ありがとうセルティ!そんな手間のかかる料理を僕のために作ってくれるなんて、僕はなんて果報者なんだ!」
『酢豚作ったことなかったのか?揚げなくても作れるらしいけど、一度揚げものをやってみたかったんだ』
新羅のことは完全に無視してPDAを見せてくるセルティに苦笑いしながら、帝人は思いだしたことを伝えるために口を開いた。
「少し前のことなんですけど・・・うちって、結構料理を臨也さんがやってくれるんです」
「意外と尽くす男だったんだねぇ。人って変われば変わるものだなぁ〜」
「そうなんですよ。まぁそれと引き換えにウザいんですけど・・・えっと、あの人って絶対に僕に何食べたい?って聞いてくるんです」
つんつんと箸で豚をつついてから口に含む。
臨也が作った酢豚の味を思い出して、軽く微笑んだ。
「でもあの人、僕が来るまでそんなに凝った料理したことなかったらしくて。酢豚なんて当然作ったことなかったんですよ」
「まぁ料理を楽しむ臨也って変な感じだしね」
「はい。だからその時も、レシピ見ながらすっごい頑張ったみたいなんですけど、ふふっ」
話しながら笑顔になる帝人に、新羅とセルティは顔を合わせた。
そして肩をすくめると、「それで?」と続きを促す。
「油の温度が低かったみたいで、べちゃべちゃになっちゃって。泣きそうな顔で作り直すって言うんですけど、僕もお腹すいてたし、もったいないしで、食べたんですね」
そこでお茶を一口飲むと、こちらを見つめている闇夫婦に満面の笑みを向けた。
「そしたらあの人、泣いちゃって。で、僕が美味しいですよって言ったら、もっと泣いちゃって」
ふふと笑う帝人は、傍から見ても本当に嬉しそうで。
セルティはPDAを打ちこむと、それを帝人へと向ける。
『帝人は、臨也のことがちゃんと好きなんだな』
きょとんとした顔で、電子文字を見つめた帝人だったが、思案顔で首をひねった。
「好き・・・なんでしょうか。僕としては泣く臨也さんって非日常でいいなぁと思ったんですけど」
『帝人はこの家に来てから、毎日臨也の話をしているぞ』
「え・・・」
全く意識していなかったことをセルティに言われて、帝人は再度首を傾げた。
新羅に目をやると、うんうんと新羅も頷いている。
「1日5回は必ず言ってるよ。うーんやっぱり気付いてなかったんだねぇ」
「・・・そ、う、でしたか?」
「ははは仲良きことは美しきかな!君の話を聞いていると鴛鴦之契とも言うべき夫婦の姿のようだよ!まさに蜜月なようだけどねぇ」
普段の帝人なら、その言葉もあっさりと流していただろうが、この時ばかりは違った。
顔が、かぁっと赤くなるのが自分でもわかってしまったのだ。
バッと両頬を手で押さえるけれど、その仕草も可愛いなぁとばかりの様子で微笑んでいる闇夫婦(セルティは雰囲気で)に、ますます身を縮める。
(ど、うしよう、どうしよう!え、何僕ってそんなに言ってたっけ!?だってあの人と住んでたら、話すネタに困らないというか、臨也さん自身がネタも同然だし!)
ますます赤くなる帝人に、セルティが追い打ちをかけた。