竜ヶ峰帝人の困惑
『失敗した料理を、新羅も美味しいと言って食べてくれたぞ!それはすごく嬉しいんだ!だから臨也もすごくすごく嬉しくて、帝人のことが大好きなんだな!』
意識の遠くで新羅が「セルティ!君が作ってくれたということが僕の喜びさ!」と叫んでいるのが聞こえるが、帝人はそれどころではなかった。
(い、臨也さんは確かに僕のこと好きなんだろうけど!でなきゃあんな鬱陶しいのないし、でも、あれ、僕って)
「非日常だから、臨也さんのこと、好きなんだと思ってた・・・」
ぽつりと零した帝人の言葉に、セルティが首を傾げた。
『なら静雄のほうがいいんじゃないか?すごいぞ静雄は』
「え?」
表示された言葉に、帝人は目を見開いた。
男の友人に男性を恋人として勧めてくる行為については、この場にいる全員が無視している。
(確かに、静雄さんはすごい人だ。完全に非日常的な人。ありえない力・・・だけど・・・)
『あいつも帝人のことは気に入ってるぞ』
「いやそれはまずいよセルティ。ここで帝人君が静雄と付き合いたいとか言って、それが僕らのせいだってわかると臨也のやつ何するかわかったもんじゃないよ」
「あ、いえ、新羅さん、大丈夫ですよ」
「あれそう?非日常さとか人の良さとか、完璧に静雄の方が勝ちだと思うけど?」
『お前は勧めたいのか勧めたくないのかどっちなんだ』
話し合いに入ってしまった2人を見ながら、帝人は自問自答する。
(静雄さんのことはそりゃ嫌いじゃないけど、良い人なのも知ってるけど、でも)
残った酢豚を見ると、泣きながら嬉しそうに笑った臨也の顔を思い出す。
どうしようもない大人だ。
鬱陶しくて面倒くさくて、でもこうやって離れると物足りなくなってしまう。
きっと臨也のもたらす非日常もそういうものなのだ。
まるで中毒のようで。
「・・・会いたい、な」
きっと今も泣いてるだろう。
電柱に頭をぶつけていたということは、きっとあの端整な顔に傷がついているだろうから、バンドエイドを買って帰ってもいいかもしれない。
いや、危ない仕事をしているんだから、救急箱の用意ぐらいはあるだろう。
手当をしたら、たぶんまた泣いて、そして嬉しいと笑うんだろう。
帝人が顔を上げると、2人が優しい目でこちらを見ていた。
今の独り言を聞いていたんだろう、セルティが『帰るか?』とPDAを見せてくれる。
数秒の逡巡の後、帝人は諦めたようにこくりと頷いた。
『短い間だったけど、本当に楽しかった』
「はい。あの、ご迷惑おかけしてすみませんでした」
『いや本当に楽しかった。むしろありがとう。でも本当にいいのか?あいつのところに帰っても』
首はなくても心配しているという雰囲気がものすごく伝わってくる。
帝人はその心遣いに、嬉しさと申し訳なさを混ぜた笑みを浮かべて、こくんと頷いた。
「やっぱり僕、あの人が近くにいてくれないと、寂しいです。それにちゃんと気持ち、伝えないと駄目だから」
『そうか・・・帝人が言うなら止めない。でも何かあったらまたすぐに来い』
「はい!ありがとうございます」
そう言ってシューターから降りた帝人は礼儀正しくお辞儀をした。
セルティは格好よく背を向けたまま右手を上げると、バイクを吹かせて去っていく。
その方向から1台のワゴン車が向かって来ていた。