14才の母シリーズ(カズケンカズ/サマウォ)
きみはそれを愚かだと笑うだろう
佐久間は、小磯健二という友人を数学という彼の得意とする一分野を除けばいたって平凡な男子高校生だと思っていた。
佐久間の知る限り、小磯健二という人間は温和というよりは弱気で凹みやすくて、凹んだことを半年くらいは余裕で引きずるくらいには女々しくて、なのに時々吃驚するほどに頑固でちょっとやそっとのことじゃへこたれない、不思議な人間だった。佐久間はこのちょっと風変わりな友人を「平凡」な男子高校生であると認識していたけれど、同時に「平凡」でありながらも「非凡」を兼ね備えてしまった、とてもアンバランスな人間でもあるとも認識していた。
「小磯健二」という人間を形作る要素の中で、95%ほどが「平凡」で占められているのに、残りの5%の「非凡」が小磯健二という人間を非常にアンバランスで不安定な存在にしていた。その小磯健二の「非凡」の5%は主に彼の愛する「数学」に由来するものだったのだけれど、その5%に「数学」以外の要素が加わったのは、あの夏の出来事がきっかけだったように思う。正確にいうならば、あの夏の出来事の間接的な原因になった一人の先輩と、陣内一族と、さらにそこで知り合って健二に多大な影響を与えることとなる一人の少女がもたらした変化が原因なのだけれど。
彼の非凡さが遺憾なく発揮されたのは、佐久間と健二が高校2年生の17歳の夏に起こった、ハッキングAIによるOZの乗っ取り事件とそれが引き起こした諸々の事件だと佐久間は思う。平凡で退屈な日々に、衛星が落っこちてくるほどの衝撃(おそろしいことに、これが比喩でないのだ。比喩ではなくガチで衛星が落っこちてきた)を与えた事件は、確かに健二を変えた。
一通のメールをきっかけにしたあの事件は、知らないメールアドレスからの得体の知れないメールに数学という彼の好奇心をくすぐる餌にうっかりと釣られて返信してしまった健二にも1%くらいの非があったかもしれないが、残りの99%に関して言えば健二は否が応なく巻き込まれた被害者だと断言してもいい。
何の因果か、AIの開発者がその時世話になっていた一族の人間で、さらにはその一族にはOZで知らないものはいないと言い切っても過言ではないOMCのチャンプであるキング・カズマがいて(本当に何の因果なのだとその話を聞いた時佐久間は思った。)、健二と陣内一族とそれこそ完全に巻き込まれただけの佐久間が、OZの混乱解決に一役買うはめになったわけだけれど、今回の件に関していえば、100%健二に非があると佐久間は言い切れる。
そして、その非を、非と思わず、問題を問題として認識していない友人を前にして、佐久間はいったいどういう対応をとればよかったのかとずいぶんと悩む羽目になるのだった。
小磯健二を「平凡」な人間だと佐久間は評したが、佐久間敬は自分自身もちょっとだけプログラミングが得意なだけの、平凡な人間だと自分を認識していた。だから、常識とか良識とか倫理観とか道徳観とか、まぁそういう世間一般で「是」とされる事柄とまっこうから対峙するであろう事態を知らされて、「はい、そうですか」とあっさり頷けるわけでもなく。
とりあえず、健二から事のあらましを聞いた佐久間が出来たのは、殴られて変色してしまった健二の頬に湿布を貼ることくらいなものだった。
「で、要するに勘当されたと」
「……そういうこと」
痛みに顔を歪めながら、健二が頷く。
「14歳の子どもに手を出して? 妊娠させて? で、まだ結婚できない年齢だからとりあえず責任とって同棲するって? そりゃ俺がお前の親でも殴るし勘当するわ」
「……ごもっともで」
「お前、ありえねーよ」
ボストンバッグとノートPCだけを手に、頬を腫らして転がり込んできた親友から事情を事細かに訊き出した佐久間は、自分から聞き出しておきながらも、今聞いたやたらとディープな事情をすべてを忘れたいと思った。情が篤い方でも、面倒見がいい方でもないと自分では自覚しているが、この件に関して無関係の他人というスタンスを貫きたいと思うのは自分が薄情だからとかそういうのではないだろう。
深々と溜息を吐く佐久間の前で、健二は居た堪れなさそうに身を縮こまらせている。こうしていると、あの夏の前と全く変わらないのに、健二は明らかに変わった。あの夏の前だったなら、親に勘当されるようなことがあったら、佐久間のところに転がり込んでくる前に駅のホームに身を投げているだろう(いや、健二のことだから死んで他人に迷惑をかけるのも遠慮してどこぞの山奥で首を括るのを選ぶかもしれないが)。それ以前に、以前の健二であればそもそも親から勘当されるようなことを仕出かすこと自体あり得ない話だ。
「てか、馬鹿正直に全部話したわけ?」
「……」
「騙し通すなんて芸当がお前に出来るとは思わないけどさぁ……」
うう、とか、ぐぅ、とか健二が呻く横で、佐久間は自分のことでもないのに事の重大さに頭を抱える。だって、冗談抜きで人一人の命がかかっているのだ、他人事だとはいえ「知らない」と投げ出すわけにもいかない。
「勘当されたっていうけど、ガチで?」
「ガチ、ていうか、これがきっかけってわけじゃぁないんだけど、佳主馬くんの件が決定打になっちゃって両親の離婚が決まって」
「はぁ?」
「なんていうか、一家離散、みたいな?」
父さんにも母さんにも縁切り申し渡されて、身一つで放り出されちゃったっていうか。へらりと笑ってごにょごにょと告げる健二の表情は、いまいち深刻さが足らず、佐久間は思わず微妙な表情になる。軽く言ってのけているが、実の両親に縁を切られて、なおかつその両親が離婚して一家離散なんてそうそうある話ではない。健二の家の両親の不仲と、親の不在がちな状況はずいぶんと前から佐久間も聞き及んでいたけれど、そこまで深刻だとは思っていなかったというのが正直なところだ。この親友はあまり家庭の内情を曝け出すようなことをしない。家庭内の不和に関する愚痴らしきものも、佐久間はあまり聞いたことがなかった。寂しいから帰りたくない、と時々何気なく漏らすことはあったけれど。
「大学の入学金だけは払ってくれてるから、大学にはいけるんだけどね」
「いや、お前、そういう問題じゃないだろ」
「公立だから、奨学金と貯金で学費は何とかなるし」
あの事件で、「末端の末端の末端」から「末端」くらいに昇格したからそれなりにお金貯まってるし、だから当面は大丈夫だと思う、とありえないくらいに現実的なことを口にした親友を口をぽかんと開けて見つめながら、佐久間は「本気か?」と尋ねるしかなかった。
「佳主馬くんと、家族になるんだ」
「は?」
「佳主馬くんが、家族になろうって言ってくれたから、だから」
ボクらは家族になるんだ、と切れた唇の端を痛そうにしながらも健二は笑った。
「家族って、キングは14だぞ? 中学生で、学校だって」
「もう決めたんだ」
そうじゃぁないだろうと言い募る佐久間の言葉を退け、だからもう、あの家はいいんだと、こんな状況にも係わらず笑えるような状況でも喜べるような状況でもないのにも係わらず、健二はそれは嬉しそうに晴々と笑って、だってね、と続けた。
「だって、佳主馬くんが僕の家族になってくれるんだよ。それなのに、これ以上何を望むっていうの?」
作品名:14才の母シリーズ(カズケンカズ/サマウォ) 作家名:ふちさき