動物の王国~エド、初めての諜報活動~
最終話
「まったく、どれだけ心配をしたと思っているのかね?」
「ご、ごめん…」
ロイに金色の髪を撫でられながら、エドワードはしゅんと落ち込む。敵国ではぐれた上に、更にその上の国のTOP、キング・ブラッドレイの息子にひよこ姿とはいえ買われてしまったのだ。
諜報活動中にあってはならない失態に、エドワードは素直に叱られていたのだが。
「ああ~~っ!!」
「ど、どうしたんだね」
突然のエドワードの叫びに、ロイの方がびっくりする。
「た、大変なんだよっ!」
「何が大変なんだね」
「だから、ロイが危ないんだってばっ!!!」
「……エドワード、話は順序だてて尚且つ要点を…」
「うぎゃあぁぁぁぁ~~!!」
だめだ。
ロイの腕の中でエドワードは錯乱状態。しかも、叫んでいたと思えば突然泣き出す始末。
「うぇ…えっ…え……」
「エ、エドワード!?」
どうしていいのやら、原因が分からないだけにロイは狼狽する。とにかくまずは、もう一度強く抱きしめた。
そうすると、えぐえぐと更に泣き出してしまった。
(何故!?どうして泣くんだ!!)
泣く子にはかなわない。ロイにしがみ付き泣き止まないエドワードに、ロイはもうお手上げだ。
「ロイ、ロイ死んじゃいやだぁ…」
「エドワード?」
「ロイが殺されちゃうよぉ…俺をひとりにしちゃ嫌だぁ」
愛おしい恋人の口から、酷く物騒な内容が聞こえるのは気のせいではない。
「…エドワード落ち着いて」
「ふぇ」
エドワードの頬にロイの両手が添えられ、額に目元にと何度も優しいくちづけが落とされる。時間をかけてゆっくりと、ロイはエドワードに落ち着きを取り戻させていく。
「私はここにいるよ、分かるね?」
「……うん」
「一体何があったんだい? 大丈夫だから言ってごらん」
「……あ、あの子は」
「うん」
「あの子は、セリム・ブラッドレイなんだ」
あぁやはり、な。とロイは思う。立派すぎる黒塗りの馬車の後を着けて行き着いた所は、
これまた立派過ぎる程の別荘で、しかも丁度ハクロ王が訪問に伺って入るところを目撃した。
年頃といい、ハクロ王の様子といい、おそらくはこの国を支配するキング王国・キング・ブラッドレイの一人息子だろう。そうロイは予測した。
それは見事に的中したのだけれど、腑に落ちない事がもうひとつ。
それは、先ほどエドワードが泣きながら口走った物騒な言葉だ。
「エドワード、何を聞いたんだい?」
「キングとセリムの親子が……」
そこまで言うと、ぎゅっと、ロイにしがみついているエドワードの腕の力が強まり言葉が止まる。ロイは焦りを隠しながら、頭を撫で辛抱強く次の言葉を待った。
待って待って10分後に聞いた極秘内容は。
なんと!?
【ロイ・マスタング公爵暗殺計画】なるものだった。
「俺っ、俺ぜったいロイを守るからっ!ロイを殺させたりなんかさせないっ!!」
「大丈夫だよ、エドワード」
あぁ、なんて愛おしいのだろう。
必死の眼差しで見つめてくるエドワードが愛おしくて堪らない。
「大丈夫だから、私はこれでも王国一の剣の腕前なのだからね」
「で、でも相手はキングなんだぜ!」
「大丈夫、年寄りとお子様に負ける私ではないよ。でも数多くいるひよこの中から、君を選ぶとは子供とはいえ目が高い。さすがキングの息子だね」
わざとおどけてみせて、そして。
―――大丈夫だから。
呪文のように繰り返されるロイの言葉とふわりと微笑む神秘的な黒曜石の瞳が美しくて、エドワードは催眠術にかかってしまったように、惚けた眼差しでロイを見つめてしまう。
そんなエドワードを、ロイは抱きしめ背中をさすり安心感を与えながら思う。
(そういう事か、なるほどね)
一年前の花祭りの後から、何かとロイの身辺は賑やかだったのだ。
街なかを歩けば頭上から鉢植えやら看板やらがやたらと落ちてくる。暴れ馬や暴れ牛が自分めがけて突進してくる。
女性からの贈り物、とりわけワイン等のお酒類が倍以上に増えた。しかも、敷物の上に垂らすと、瞬く間に敷物が変色すると云ういわくつきの品ばかり。
「やれやれ。もてる男も辛いものだな」
あの花祭りの後、ホーエンハイム王からこっそり聞かされていた話を思い出し、ロイは少々ウンザリ気味だ。
「実はね、キング王国のブラッドレイ大総統とは長年文通をしている仲なんだよ」
「…そ、それは初耳ですね」
「ははは、なかなかに面白い男でね。今では良い友人だよ」
「そ、それは良い事で…」
国政に携わる、いや、近隣諸国の均衡図を覆しかねない重大発言なのに、あまりにあっけらかんと言い放つホーエンハイム王にロイは少しばかりの眩暈を覚えた。
だけど、重大なのはこの後で。
「キングがね、エドワードを自分の後妻に欲しいと書面をしたためてきてね」
「そ、それは!」
思わずロイの言葉尻が強くなる。
「ははは、まあ【許婚がいるから】と断りの手紙を速達で送っておいたよ」
「それは賢明な処置です」
キング・ブラッドレイといえば、絶大な権力を持っているとはいえ御年60歳の爺様ではないか! いったいどの面さげて14歳のエドワードを妻になどとぬかしているっ。
ロイは心の中で思いっきり罵った。
「ああでも、彼はなかなかに諦めが悪いというか、目的の為には手段を選ばない御仁だからね。婚礼の儀が済むまで充分に気をつけるんだよ、ロイ・マスタング公爵」
「それは―――」
「ま、想像の範囲で確証はないけれどね」
はっはっはと、笑いながら去っていくホーエンハイム王の背を見つめながら、ロイの表情は険しいものへと変化していく。
なるほど。
エドワードを妻に迎えるには、許婚の私は邪魔者以外何者でもないと、そういう事か。
だが、婚礼の儀を終えればロイはもはや許婚ではなく、数いる王族のひとりという身分でもなく。
はっきりと、未来のアメストリス王国統治者、第一王子エドワードの正式な伴侶と位置づけられる。そうなれば、さすがに実父であるホーエンハイム王もただ黙ってやり過ごすわけにはいかない。
つまり、ブラッドレイがロイを葬るのならこの一年以内ということになる。
「面白い、受けて立とうではないか」
クックッと楽しげに笑うこの時のロイの心中は、興味半分面白さ半分嫌悪感0であった。
けれど今、その想像はしっかりとした確証でもって立証された。
そしてあろう事か。
―――エドワードが泣いている。
クッとロイの口端が上がった。
一瞬、泉の周りの動植物の気配が、風さえもが消え失せる。ロイの腕の中で泣いているエドワードはそれに気づかない。
あれほどエドワードに優しい眼差しを向けていた黒曜石の瞳は、無表情のままに漆黒をまとった冷たい笑みを浮かべている。
私のエドワードを泣かせた罪は償ってもらおう、キング・ブラッドレイ―――。
だが残念(?)な事に、ロイの決意も無駄に終わってしまう事になる。
何があったかと云うと。
「な、なんと!ホーエンハイムめ、それはないだろう!!」
ブラッドレイへのホーエンハイム王からの手紙には、いつも愛くるしいエドワードの写真が入っていた。それはブラッドレイの唯一の楽しみだったのだけれど。
今回の手紙には、こう書いてあった。
作品名:動物の王国~エド、初めての諜報活動~ 作家名:まいこ