奇跡の鐘の音
「神が一度でもお前を愛したことがあったか?むしろ、愛をお前から奪ったのが、神というシステムだ」
激しく打ち合い、翼が舞い上がる。
「黙れっ」
「答えられぬではないか、サリエル。お前も気付いているのだろう?神はどこにも居ない」
「世迷言を!」
「だが、事実だ。この世界に居るのは神ではない。熾天使達が作り出した、神という擬似システムだ。だから私はそれを壊す。
ありもしない神に身をささげ、何も与えられず、何かを得ることすら許されなかった」
刃同士が近距離でぶつかり合い、サリエルは間近にベールゼブブの瞳を見た。
「サリエル」
「ベー、ルゼ、ブブ……、お前は、狂っている」
「そう。狂っているよ。天界から堕とされたあの時からずっと、この日、この瞬間だけを夢見てきたのだからな。サリエル」
「……暴力の夢だ。おぞましい」
「そうだな。私は天使であるころ、何も出来ずにいた。だが今は違う」
「心まで、悪に堕ちたのか。私の知っているお前は、もうどこにもいないのか」
「サリエルっ」
力の差はあまりに大きかった。サリエルは本気でベールゼブブを殺すことなど、初めから出来なかった。むしろその刃を受けたいとさえ考えるほどだ。
それがせめてもの償いだと、長い年月はサリエルを苛み続けた。
音を立てて、サリエルの武器が割れる。
「あの時、許されなかったことがもう一つある」
「っ」
答えを得る前に、サリエルの胸は鋭い刃に貫かれていた。
「っあ、っ……!」
「サリエル」
呼ぶ声が、あまりに優しくて、サリエルは目を見張った。そこには、以前の面影そのままの、ベールゼブブの眼差しがあった。
「ベル……ゼ……」
「私は、ずっと……、こうしてお前と口付けしたかった……」
「な……」
唇が厳かに重なった。癒す意味の口付けしか知らないサリエルは、入り込んできた舌に、脅え、震え上がった。
「ん、っ……ぅ」
血の味が捏ねられ、舌を吸い上げられる。胸の中が熱く燃え滾り、求めていた愛に、サリエルはようやく解放された。
「っは、……っ、ベールゼ、ブブ……」
離れたくない、と口にすることは出来なかった。流れ落ちた血が、サリエルの命を急速に奪いつつあった。
「お前は、知らなかったのだろうがな……」
顎をなでる指が優しい。サリエルは時間を取り戻し、ようやく再開した愛おしい共の名を、呼んだ。