奇跡の鐘の音
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鐘が鳴り響いている。それは、奇跡の鐘の音だった。
焼けた土の匂いが鼻を突いた。血と光の炎に焼かれた地面は、煉獄の中でも最も遠い場所だと、ベールゼブブはすぐに感じ取った。
近くに他の気配は無い。ただ果てしなく、赤茶けた地面が繋がっているだけだ。そして、地底を振るわせるような荘厳な鐘の音が、世界に響き渡っていた。
「っ……っぐ……」
生きている。それだけはわかった。ベールゼブブは背を揺すり、起き上がろうとしたが、黒い翼は舞い上がるものの力足りず赤銅色の土に散った。
「サリ、エル……」
守るように抱きしめた白い体は、同じく血に塗れていた。気高く美しかった瞳は伏せられたままで、生気を感じない。
お互い貫き合った胸の傷は不思議と痛まず、痛みが無い事に、ベールゼブブは嗚咽を絞り出した。
これまで感じたことの無い苦しみだった。太古の昔、サリエルと生き別れ、繋げられなかった指先を思い出しても、今のようには胸は痛まない。
自らがサリエルの命を奪ったのだと、ベールゼブブはようやくはっきりと自覚した。そして、声を出さずに鳴いた。震えた空気は、壁の無い空間にただ空しく響いた。
「………サリエル、私は……」
脆い体を、ベールゼブブは強く、縋るように掻き抱いた。サリエルこそが、ベールゼブブを現実へ引き止める唯一の存在だった。
「サリエル……」
いくら呼んでも、サリエルは目を覚まさなかった。抱き上げると、柔らかな黄金の髪が、不釣合いな醜い地面に零れ落ちた。美しい白い翼も地にまみれ、ぐったりと砂に広がっている。
唇は血に濡れ、既にからからに乾いていた。指で擦り落とし、そこへ口付けながら、ベールゼブブは天使であったころの自分と、堕天した自分の二人を同時に心に住まわせていることにようやく気付いた。
「サリエル。目を、開けてくれ。……神よ、このような堕天の命など救わず、貴方の僕であるサリエルを……」
神を憎み、虐げようとしていたベールゼブブは、天使のように祈った。
「っ……」
「サリエル?」
鐘は耳煩く鳴り響き続けている。これは、本当に奇跡の鐘なのかもしれない。僅かに反応したサリエルの唇を、ベールゼブブは吸い上げ、命を分け与えるように何度も愛を囁いた。
「……ベル……」
「私だ。ここに、いる」
「ここ、は……、私は……」
「サリエル」