奇跡の鐘の音
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歪みを正せ、と神は命じる。その原因すら分からないというのに。気が遠くなる程長い時間を経て、何かが狂い始めている。ただそれだけが、目の前にある現実だ。
神の命は絶対。天使は神の使いとして、神の思惑通りの世界を作り出さなければならない。意志も想いも許されず、ただ神の手足となる。
疑問を持つものは少なかった。長すぎる時が、皆を狂わせている。疑問に思う切欠すら得られず、無機質な天使たちが今日も空を美しく、舞い続ける。
与えられた小隊に命じ、サリエルは歪みの場所を特定しようとした。しかし既に時は遅く、中心すら分からないほどに歪みは広大なものになっていた。
そして、歪みは昨夜から異常な広がりを見せていた。
修復せよ、と神は命じるが、作り出された原因もわからなければ、対処法も未だ不明だ。地獄から天界への攻撃の一種とも判断出来ず、作業は一向に進展しない。
ただ、歪みを前にして困惑するだけの部下達に監視を命じ、サリエルは一旦帰還した。
「……しばらく誰も取り次ぐな」
天界の自室に到着するなり、サリエルは部下に命じて奥の間へ向かった。一人で住むには広すぎる部屋だ。ほとんどを地上で過ごすサリエルには必要無い。
だが、心労に取り付かれたサリエルは乱暴に翼を広げ、広いベッドに身を投げ出した。寝そべってみると、体も疲労を訴えていた。
「お前なのか、この歪みは……」
歪みは神の領域を侵食するように広がっている。何者かが、神を堕とそうと、じわじわと傷口を引き裂こうとしている。
まるで生き物のようだと、サリエルは感じていた。歪みは意志を持って、神を侵略しようとしている。
「また、戦か。このまま歪みが止まらなければ、攻め入られる前に……。神はまだ血を望まれるのか」
襟首の詰まった軍服は窮屈だが、脱ぐ気力さえ残されていなかった。サリエルは瞼を閉じ、一対の翼を、ゆっくりと脱力させた。
何も考えずに眠ってしまいたい。
だが、サリエルは眠りを与えられなかった。
「隊長、至急の連絡が」
入るな、と告げておいたはずだが、至急の伝達事項を持った部下の声を無碍にも出来ず、サリエルは落としていた軍帽を目深に被り、上司の顔を作り上げた。
扉を開け、サリエルは目新しい部下の顔を見た。
「なんだね」