奇跡の鐘の音
「はっ。……智天使からの召集状をお持ちしました。昨夜から能天使【鴉】に堕天兆候が見られ、その報告を求めておいでです」
「鴉、が?」
「堕天速度がはやく、すぐにでも智天使が地上に降臨されるとのこと。至急、隊長にと」
「わかった。下がれ。すぐに向かう」
部下を下がらせるなり、サリエルは歯を噛み締めた。
わかっていたことだ。鴉が白鷺を求めれば、愛は神から遠ざかる。神を必要せず、己の欲に忠実になれば堕天は始まる。
だがそこで、サリエルは疑問を持った。
鴉は白鷺を救うために、地獄の大公の下へ向かったはずだ。力の使えない鴉に、大公と渡り合える力は無い。
「まさか」
鴉を堕天させることこそ、ベールゼブブの狙いであったのではないかと、サリエルは気付いた。鴉に堕天兆候が見られ始めた時刻と歪みの広がりは一致する。
まさかとは思うが、ただの偶然ではないだろう。
やはり、この一連の出来事にはベールゼブブの意志が働いている。サリエルは否応なしに、決意を固めなければならなかった。
天を憎むベールゼブブの声が聞こえるようだった。
「お主の部下であった能天使に堕天の兆候が現れたようだな。主天使」
円を切り取った形の広間に、サリエルは頭を垂れていた。
「顔をあげよ。時は一刻を争う」
「はっ。」
サリエルの目の前には幼い少女を艶やかに模った智天使の姿があった。翼は広く六枚となり、体よりも大きなそれは白い光を弾いている。
「能天使は、悪魔を救うために地獄へ向かいました。歪みの拡張と、堕天兆候の時間は重なります」
「堕天と歪みには関連性があると、いうのだな?」
「はい」
「……わかっていて、能天使を地獄にいかせたのか?」
「彼の、意思です」
「天使に意志などいらぬ。神の言葉に従えぬものは、存在の意味が無い」
「ですが」
「報告は受けた。お主はすぐに歪みの修復へ戻れ。能天使を野放しにはできぬ。すぐに天界へ連れ戻し、しかるべき処分を下す」
少女の声は威厳を含み、反論を許さない。
「これ以上、堕天を増やすわけにはいかぬ。お主も何度も堕天のものを見たくはあるまい」
「っ。……神の、御意志に従います」
「それでよい。……我はお主のように甘くはない。自分の使命を、忘れぬことだ」
高圧的な言葉は、気配とともに溶けるように消えていった。
「…………何かが、動き出してしまったのだな」