奇跡の鐘の音
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他意は無かった。ただ、友の傷を癒そうと、ベールゼブブは首筋の柔らかい肌を吸った。癒しの力を送り込み、傷はすぐに癒えていく。
「ベールゼ、ブブ」
「油断するな。サリエル」
「ああ。すまん」
ベールゼブブは美しい友人の頬を撫で、離れた。金の髪も、青緑の瞳も、どの天使よりも美しいと、ベールゼブブは友を誇りに思っていた。
柔らかい微笑みは年を経てもまだ幼く見えることがあり、その笑みが向けられる先であることが、嬉しい。
「血が、沢山流れたな」
「……はやく、終わらせたいものだな」
「神の御心のままに。だ。戻るとしよう、この地域はかたがついた」
「ああ。足を引っ張ってすまないな」
「いいさ。私がお前を守ろう」
「お前が、私をか?」
「命に代えても」
サリエルは冗談でも聞き流すように笑った。
「本気にしていないだろう?」
「わかっているよ。お前の力が溢れてくるようだ」
ベールゼブブは、初めてサリエルという男を意識した。触れた唇が、燃えるように熱い。こんなことは初めてだった。
何度も傷を癒すために肌に触れたことがある。だが、今回はまるで違った。心の中で、新しい感情が芽生えた。名前がつけられず、ベールゼブブは顔に出さず困惑した。
「ベールゼブブ?」
「なんでもないさ。戻ろう。久しぶりに、ゆっくり出来そうだ」
「そうなることを、祈るとしよう」
悪魔との戦いは、続いている。いつ終わるのか、すべて消し殺すまで終わらないのか、それは二人の天使には判断すべきものではなかった。
ただ命じられるまま、神の剣を振るうのみだ。
「……お前も、怪我をしているじゃないか。人のことは言えんな」
形の薄い唇が、内心戸惑うベールゼブブの手の甲に触れた。皮膚を舐め、傷が癒える。だが、ベールゼブブはサリエルの表情から目が離せなかった。
「……どうした?」
「いいや、なんでもない。少し、血に酔ったのかもしれんな。早く汚れを洗い落としたい」
「同感だ」
罪という実感はまだ無かった。サリエルは友人として申し分なく、そして美しい。天使の神格も高く、ベールゼブブと肩を並べ、共に歩んで行ける稀有な存在だ。
行動派のベールゼブブとは反対に、思慮深く控えめだが内面の強さはベールゼブブも憧れるものがあった。
大切に思うのは当然だ。だが、胸の高鳴りは止まらない。
「サリエル」