奇跡の鐘の音
「ああ、神が我々を迎えてくださった」
天への門を潜れば、そこは神の庭だ。サリエルとベールゼブブは共に門を潜り抜けた。
お前を愛おしいと感じるようになったのは、あの口付けからだ。そしてまた、口付けしたいと願っている。白く柔らかい皮膚に唇を押し当て、舌で辿り、歯で傷をつけてしまいたい。
そしてもっとも神聖な唇を、蹂躙したい。呼吸もすべて奪い取り、愛を告げたい。
いや、もしかしたらずっと前から、私はお前を恋しく思っていたのかもしれない。欲を知らないはずの天使である自分が、友の体に欲情している。もはや、気持ちを偽ることは出来なかった。
凶暴な自我が目覚めている。
神に向けるべき愛を、友人に捧げてしまう自分を、ベールゼブブは止められなかった。
あの肌にもう一度、もう一度だけ触れたい。
穏やかな、優しい声。もっと名前を呼んで欲しい。私の名だけを。
「ベールゼブブ」
繰り返しサリエルに呼ばれ、ベールゼブブは目を覚ました。
「……サリ、エル?」
「勝手に上がらせてもらった。どうした、会議中もずっと上の空だったじゃないか。らしくない」
寝台に寝そべったベールゼブブは、傍に腰を下すサリエルの面差しを見上げた。
「傷が癒えていないのなら、もう一度……」
「必要ない」
「ベールゼブブ?」
もう一度慈愛の口付けを、と腰を曲げるサリエルを、ベールゼブブは拒んだ。触れられれば、そのまま感情に心が満たされてしまう。
「すまん」
「……今日は良く休め。すぐにまた、戦いが始まる。そうなればゆっくり休んでいる間など無くなる。久しぶりに酒でも、と思ったが今日は退散することにしよう」
「行くな」
去ろうとするサリエルの腕を、ベールゼブブは掴んでいた。
「ベールゼブブ……。どうした?」
愛おしい、という感情の荒波に飲まれるまま、ベールゼブブはサリエルの背を抱き寄せ、腕の中に包み込んでいた。脅えなのか、困惑なのか、サリエルの翼は細かく震えていた。
「何か、あったのか?」
「何も無いさ。すまん、サリエル。もうしばらく、このままでいさせてくれ」
「構わないが、理由を聞かせてくれ。私に隠し事をする気か?」
「許せ」
「誰よりも強いお前が、弱音を吐くとはな」
「お前以外の前では吐かんよ」
「そうしてくれ」