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影に虫食むや〈1〉

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俺は彼の言葉をそれ以上聞きたくなくて、聞くに堪えなくて。耳を塞げばいいのに何故か両手で目を塞いで、彼の存在を否定した。
混乱する。シズちゃんの声と姿で、一体なんなんだよ? なんの嫌がらせだ。
何を言ってるんだ。なんでそんな瞳で見つめる? 聞きたくない、見たくない。おまえは一体何者だ。
苦しい。ストレスで、今死にそう。夢なら覚めればいいのに、どうして覚めてくれない。
そうして浅い呼吸に震える喉が自然と、己の理性に従い言葉になる。


「…ぇ、ろ」
「……」
「お、れは、おまえなんか知らない。おまえはシズちゃんじゃない。俺の知ってるシズちゃんは、俺に優しくなんかしない」
「それはおまえが本当の俺を知らねぇだけだ」
「本当のシズちゃん? ハ。笑える。もし君が本当のあいつだとして、じゃあなんで俺が君を受け入れなくちゃいけないんだ」
「……」
「消えろ。俺の前から。俺を現実に戻してくれよ…ッ」


喉は震えるくせに、つらつらと淀みなく否定は吐かれる。
ほら、君が俺を嫌いなように、俺は君が大嫌いで。
だから俺を嫌いじゃないとか、優しくするだとか、そんなのいきなり言われたって俺の正義が許さない。
今までの俺たちを、今更覆すなんて許せない。


「……」


シズちゃんの形をしたそれは、そのまま黙ってしまって。俺はそろそろと指の間から瞼を上げた。
瞬間、ぽたりと手の甲に滴った冷たい感触に、瞠目することになる。


「!」


表情もなく、だがそれは紛れもない感情の雫。
顔を覆う手の隙間から、またも非現実的な光景を見せ付けられて。
俺は油断とかそういうものをつい失念して、思わず固まってしまった。


「…シ、ズちゃ」


泣く彼に動揺したのは俺のほうだ。
だってシズちゃんが泣くなんて出会ってから一度も見たことなんて、ない。
だってそういう生き物じゃないだろう。
平和島静雄は人間じゃなくて、化物で、俺が唯一嫌悪という感情を向けた相手で。
それでも。


「な、」


彼には負けたくないと思える程には。
俺の心を裂く人物でもあったんだ。


「…んで」


顰めもせず、口元を引き結ぶこともせず、ただ作業のように涙を流す彼に。俺は怖いもの触れたさにそっと手を伸ばした。
流れ落ちるその液体を掬おうとして、でも目測を見誤ったか彼が目元にかけるサングラスに指があたる。
カシャンと軽いそれがソファを滑り床に落ちて。涙を流すシズちゃんの目元が顕になって。
そこで。


「え…?」


不思議なものを、見た。


「……臨也、俺を、受け入れねぇんだな…」


彼の口元がふっと緩んで。


「じゃあ…」


サングラスに隠れていたシズちゃんの瞳が、見たこともない金色の光を放って俺を見る。
まるで、この世に存在する光ではないように。


「おまえを、喰っちまうしかねぇなぁ」











***




いきなりぶつりと途切れた電話に、新羅は電話口の向こうで何があったのかと不審に思う。
今日はこれから愛しのセルティとデートである。今はまだ彼女が少し出かけているので帰り待ちなのだが、今か今かとわくわくしていたところへの臨也からの不思議な電話。
また何か面白い遊びでも始めたのかなと首を傾げているところで家の扉がガチャリと開いた音がした。


「あ! セルティ~! 帰って来たのか~い!!!」


インターホンも鳴らさずにそのまま扉を開けてくるのは家人である証拠。それは新羅以外であればセルティただ一人になるので彼女がやっと帰って来たことに新羅は臨也からの電話なんてもうそっちのけで玄関までお出迎えするべく駆けて行った。
熱烈の抱擁をかわそうと両手を広げて玄関に入ってきた人物を確認もせずに抱き締める。そして抱き締めた後でいつもの細く柔らかい感触とは違うことに気づくが、新羅が行動を起こす前にその抱きつかれた人物が新羅の頬を思いっきりつねった。


「て・め・ぇ、今すぐ離れろ」
「ひたっ、ひたたたたほっちこほはなひてよほおおおおお」
『……新羅おまえ…、そういう趣味があったのか…。私はどうしたらいい?』
「ひょっほひょっほ! れいへいに! れいへいにぃいい!!」


新羅が抱きついたのは何故ここにいるのだと叫びたい程に平和島静雄であった。その静雄に現れるなりいきなり抱きついたパートナーの姿を見て、セルティは彼女なりの配慮と冷静さを持ってPDAに至極真面目な結論を打ち出している。新羅的には最高峰の侮辱であり、ダメージをくらう一撃になった。
ようやっと静雄が新羅の頬から手を離すと、若干伸びて赤くなった頬をさすりさすり新羅はセルティへ改めて抱きつく。彼女に耳はないが訴えるように新羅が誤解だと弁明を連ねてとりあえずはセルティへの愛は不動だと説得できたようだった。


「で、なんで君がここにいるのさ!」
「? なに怒ってんだよ新羅」
「怒りもするだろ! 今日は待ちに待った僕とセルティの愛の逃避行…いやどこにも逃げないけど、あえていうならこの荒みきった世の中から逃避行してどこか静かな、そうだな湖畔の近くの牧場でセルティとのんびり愛を語り合いたい……。ああでもセルティがいれば例えどこだってゴミ捨て場であってさえもそこは天国にしか成り得ない!」
『なんで牧場? それとなんでゴミ捨て場なんだ? 昨日ちゃんと生ゴミは出してきたぞ』
「ああっ、セルティ! その打っては返してくれるおしどり夫婦漫才のような掛け合いを君と体験できて僕は今にも昇天しそうだよ! それになんて君は清楚で行動派でそして純朴和風お嫁さんなんだ! そんな大和撫子な君を僕は一生、いやこの世が滅んだって変わらぬ愛をここに」
「っぜえ! 俺ァセルティからこの前のUFO特番のビデオ借りるためについてきたんだよ! 借りたらさっさと帰るからもう黙れ!」


口を開けば散弾銃のようにセルティへの愛の口上を述べる新羅に、いい加減慣れてはいるものの苛々ゲージがなみなみと満たされてきたのでさっさと用事を済ませて帰ろうと静雄は怒鳴る。セルティにも今日は新羅とデートなんだと嬉しそうに話された手前、早々に退散せねばとは静雄なりに少し思ってもいた。
新羅とごたごたしている間にセルティはリビングからDVDを一枚持ってくる。それを見て、いまだアナログな静雄の家にはDVDプレーヤーがないことに気づき、でもトムさん家で借りて見るかとそのまま静雄はセルティから受け取った。


「そういや静雄、君臨也のところにいたんじゃないの?」
「ぁあ゙? あに言ってんだてめぇ…! 俺があんなクソ蟲のとこになんで行かなくちゃいけねぇんだよ!」
「えぇ? だってさっき臨也から電話あったんだよ? 君が家にいてなんかおかしいからすぐに来いって…。その後すぐに電話切れちゃったからよく事情は分からなかったんだけど」
『??? 静雄はずっと私といたぞ? 公園で話してた』
「クエスチョンマークも律儀に表現してくれるそんな君が誰よりも可愛いよ大好きだセルティ。ていうか僕とのデートそっちのけで他の男と談笑してたなんて…僕はちょっとだけね、寂しいと言ってもいいかい」
作品名:影に虫食むや〈1〉 作家名:七枝