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怪盗×名探偵 短編集

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「あ、そうだ敬語とかいいよ」
「……はあ」
「ワリ、俺なんて最初っからタメ口だったし」
「いや」
 工藤としては敬語もなにも、という感じだ。つい今しがた会ったばかりの、今後なんの展開も見せないであろう人間にどうこう考える意味もない。だからこそタメ口なんて気にもとめていなかったし、自分の口調についても意識などしていない。それをざわざ謝られると、自分の頓着のなさに少々罪悪感が生まれるほどだった。
 男が工藤の隣に着くと、今度は周りの視線が妙に集中していることに気づいた。
 やはり似通った顔だと思うのだろうか、目の前を歩く女子生徒と目が合い、癖のように笑顔を向ける。女性とは驚いたように一度目を見開いてから、顔を赤くさせて横切っていってしまった。そういう反応は嫌いじゃないが、笑い返すぐらいのことはして欲しいものだ。
 気づくと、隣の男もにこやかに笑みを向けている。しかも目があう人間全員に。他校の人間なのに凄いな、と感心した視線を向けると、それに気づいたのか素早くこちらを向いた。
 すっと目があい、にっこり微笑まれる。そこでやっとかなりの至近距離だということに気付かされ、思わず一歩分間をあけた。そんな様子を見て、男はまた笑う。心底おかしそうな笑顔だ。
 気遣いに慣れている人なのだろうか。そして距離が異様に近い。いつの間にか間合いが詰まっているのだ。そんなにガードが緩いわけではないのに、なんでこんなにもすんなり入られているのだろうか。
 その不満げな様子に気づいたのか、男は相変わらず軽快な調子で話しかけてくる。
「ねえねえ、名前なんての? また離れちゃったときとか、名前知らないと不便だし」
「……もうそろそろ着くぜ?」
「ん、でもまだ着かないんだろ?」
 なかなか鋭い。 別に教えない理由もなかった。教えたところで害になることもなければ、そもそも知られすぎている名前でもあるのだ。
「工藤」
「工藤。……あの名探偵の工藤だったりして?」
「言っとくが、名探偵を自称したことはねえよ」
 多分。あったかもしれないが。
「えっ、じゃあホンモノ?」
「ホンモノもニセモノもないだろ」
「あは、そりゃそうだけどさ。すげえ、ホンモノかあ」
 すごいすごいと騒ぐ割、その目は冷静そのものだった。好奇の目に晒されるのに慣れているせいか、その手の視線の区別は嫌でもついた。この男の”すごい”は、あまりにも社交辞令的で、熱っぽさはあれどベクトルは綺麗に別を向いている。はっきりと区別された距離感。
「お前の名前は、とか聞かないんだ」
「もうすぐ着くからな」
「そか」
 自ら名乗るだろうかと工藤が何も言わずにおくと、男はただ横に付けしっかりと歩調を合わせるだけだった。なんだか拍子抜けして、次いでどうでもいいことだと振り払って進む速度を強めた。ちょっと変わった男なんだと解釈すれば、どうということでもない。見ればまだ笑顔を振りまいている。律儀なことだ。
 二十分以上掛けて裏門に辿りつき、此処がそうだと説明すると、男は少し残念そうに言った。
「結構早いもんだなあ」
「二十分以上掛かってるだろ」
「俺の予想では三十分ぐらいかなって」
 そんなに掛かるようなことがあれば、意地でも他人に任せてる。残念そうな顔の意味がわからず、なんとも言えない顔をすると、男もまた同じような顔で工藤を見た。妙に小動物のようで、すぐに視線を外した。似た顔のせいか、あまり見たくない。
 あまり早く着きすぎて、待ち合わせしている相手も来ていないようだった。辺りを見回しても裏門付近に人はほとんどいないし、大体は二人一組で歩いている。
「待ち合わせ相手は……まだきてないみたいだな」
「ん? ああ、いるいる」
「そうなのか?」
 もしかしたら大人数と待ち合わせしているのだろうか。
 向いていた方向の反対を見て確認しても、こちらを伺っている人間はいない。すると隣から、とんとんと肩を叩かれ、なんだよ、と面倒そうに振り返る。そこには、男の顔がまた至近距離にあった。予想外の距離に思い切りのけぞり、たじろぐと、その距離のまま男は満面の笑みを携えて言った。
「お前だよ、お前」
「は?」
「俺、工藤と友達になりたいと思っててさ」
「……はあ?」
 屈託の無い笑みというのはこういうことを言うんだろうか。目もくらむようないい笑顔で、手を差し伸べられる。なんとなく押されるようにしてその手を取ると、指を絡められた。握手というやつだ。
 まるでそれまで出し惜しみしていたかのような調子で、男は息を吸う。吐き出す。
「俺の名前、……黒羽って言うんだ。よろしくな」
「ふうん。で、待ち合わせは?」
作品名:怪盗×名探偵 短編集 作家名:knm/lily