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憧憬に煌く 赤の 赤

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「無垢だろう、彼は」
薄暗い森の中、向かい合った男は世の中全てを皮肉った笑いを浮かべた。
何一つ信じてはいない、自分すらも。そう話かけられたのは、つい先ほどのこと。
終わりを確信した。
だから本性を見せるんだよ、と歪んだ笑みを見せたけれど。
今までの人の良いそれよりも、ずっと男に馴染んでいた。
「ただの馬鹿だろう」
そう言えば、男は「それはお前が若いからだ」と、訳知り顔をする。
「無垢なんだよ。汚してやりたくなるね。全てのものを奪いたくなる」
無理だったけどね、と。
さして残念でもないように男は嘯いた。
「ああいう人種は追い詰めてから、手を差し伸べると全面の信頼を寄せてくる。それは曇りのない信頼の瞳でね。その信頼を踏みにじる時に奴らの目に浮かぶ絶望といったら、なにものにも変えられない快感なんだよ。・・・彼の目にもその色を浮かべたかったけど、手強かったな」
君は彼の監視を任されていたから知っているだろう、と言われたけれど。
思い当たるふしなどなかった。
確かに監視を仙水さんから命じられていたが。
それで抱いた感想といえば、あいつは馬鹿だということだ。
詰られても、殴られても、蹴られても。
あいつが他人に殺意を向けたことなど一度もなかった。ただ、
ひたすらに耐えて。
ただおびえている。
愚鈍な人間。
仙水さんはあいつを仲間に引き入れるには絶望と憎悪が必要だと言った。
だから、どんな目にあっても・・・死ぬことさえなければ傍観していろと命じられた。
命じられるまでもない。
命じられても関わりたくない。
自分とはまったく違う生き物だ。
言葉など通じないだろう。
同じ言葉を話すということが、すなわち意思の疎通に結びつくわけではない。
どんなに言葉を知っていても、どんなに知識を有していても、どんなに権力を持っていても。
言葉は通じないことの方が多い。
結局あいつを仲間に引き入れるために、仙水さんが自ら声をかけに行った。
あいつに通じる言葉を、仙水さんは知っていたのだろう。
あの日。仙水さんにつれられて、あいつが仙水さんの自室に招き入れられるのを見ていた。
それから十数分後。静かだった部屋から絶叫が聞こえてきた。
きっと神谷がその場にいれば喜んだのだろうソレに、オレはひどく気分を害された。
詰られても、殴られても、蹴られても。
あいつはあんな声を上げることはなかった。
それがかえって相手を意地にさせていることにも気づかずに。
しかも屈しないという信念の元に耐えているというわけではなく、ただ、耐える。
愚鈍だという印象だけを強めて。
悲鳴が聞こえて数十分後。
樹が何度か出入りを繰り返した後、仙水さんに支えられるようにして、あいつが出てきた。
壊れたように虚ろな目からは涙を流し、全身はガタガタと震えていた。
力が入らないのか、弛緩した四肢は支えられないと立っていることもできなかったようだった。
なにがあったのか、仙水さんは一言も触れはしなかった。
穏やかな笑みも崩しはしなかったし、オレも聞きはしなかった。
『今日からこの子は暫くここに泊まるから、刃霧もそうするといい』
ただ、そう言って。
オレにあいつの監視を再び命じただけだった。
「オレはこの世界の全てを恨んでいるよ」
さらりと口にされた言葉に大した感慨も感じなく。
耳を通過させる。
世界に穴を開けようとした。
そんな連中が世界を美しいと思っているわけがないだろう。
「坊やのことは知らないけどね。お前だって似たようなもんだろう、刃霧」
お前も同類だろう、という神谷に少しの不快感がよぎる。
否定などしなくてもかまわないはずなのに、なぜか言葉を正したかった。
「恨んではいない。なくなってもいいと思っているだけだ」
関わらずにすむのなら、この世界の全てに関わりたくないだけだ。
けれどそれができないから、必要最低限のかかわりと、そして削除を繰り返す。
「決していいもんじゃないだろう、世界への評価なんて。だが彼は違った。いや、オレが直接見聞きしたわけじゃないんだが、仙水さんが言そういう。彼は誰よりも・・・自分自身を恐ろしく、汚らわしく感じ、許せなかったらしい。・・・なんとも健気だろう」
口元にこびりついた歪な笑み。健気という言葉を使いながら、神谷があいつに抱いている嫌悪が露になっている。
「馬鹿なだけだ」
嫌悪を感じるのなら関わらなければいいだろう、という言葉は口には出さない。
この男に余計な言葉を投げかけると、したくもない会話を促すことになる。
「この世の悪行の全てが記録されているビデオテープを見て、人間は汚い恐ろしいと。そんなものは死んでしまえとそう思った自分に慄いて、自分こそがテープの人間と同じだと、自分は汚くて歪だと絶望して。そして死のうとしたのだと聞いた」
君がいなくなってもこの世界には汚い人間が大勢残り、何も変わりはしない。
なら、大勢の汚い人間がより強いものに淘汰されて、この世界を綺麗にしてから死を選んだ方がよっぽと償いになる。
そう仙水さんがあいつに繰り返し奴に言い聞かせているのを、オレは何度も目にしている。
何度も何度も。
幼い子どもに言い聞かせるように。
「虫唾が走る。そうだろう、刃霧」
言葉とは裏腹に、神谷は穏やかな笑みを浮かべてみせた。
泣いている子どもを慰めるようなその笑みは、偽りの臭いしかしない。
「どこまでいったって、奴は被害者であろうとする。いくら口先で汚いだのどうの言ったって、心の底じゃ自分ひとり聖人気取りだろうさ。だから見せてやりたいんだよ。その腹の底に詰まっている汚いものを。引きずり出してやりたいね」
神谷は唄うようにそう言った。
「そうされたいのはアンタだろう」
あいつの前で被り続けた偽善の面を神谷はズルリと引き剥がした。
歪んだ笑みが唇に浮かぶ。真を言い当てられた人間の怒りと興味。
「オレの腸をぶちまけてみるか?」
壊れかけた人間の好戦的な笑みを向けられる。
「アンタの腹になんて興味がない」
この世界にも興味などない。
被害者でありたくて、聖人でありたい。
その腹の中に、色んなものを渦巻かせている。そんな男にも興味はない。
「・・・聖人ね。今のオレなら神になれる、か」
何を思いついたのか。神谷は小さく笑って自分の手をじっと見つめた。
それは人を切り裂くのにためらわないナイフ。
どうとでも使えば良いさ。
どうせ腐った世界なのだから。
「刃霧、これからお前はどうする」
ついでのように、口にされた疑問。
「普通さ。飯食って学校に行く」
聖人にも神に興味はない。
この世界にも、興味はない。
どうせ、色あせた世界。
作品名:憧憬に煌く 赤の 赤 作家名:綴鈴