日々、徒然
「ソフィー・・・ハウルさん、本当に2~3日かえってこないつもりかな?」
心配そう、というよりは不思議そうに聞いてくるマルクルにソフィーはすぐ帰って来るわよ、と笑って見せた。
ハウルの機嫌がなぜ損なってしまったのか、ソフィーにはわからなかったけれど。
勢いで飛び出したくせに、心配して戻ってきたのだ。
すぐに寂しくなって帰って来るわ、とソフィーは幼いレティーが家を飛び出していった姿を思い出しながら言った。
なぜハウルがあんな態度をとったのかわからないソフィーは、そうしかマルクルに答えられない。
「・・・ハウルさん、そんなにカブが嫌いなのかなぁ」
マルクルの残念そうな声に、カルシファーがユラユラと揺れる。
「そんなことないと思うんだけど」
ソフィーの言葉にカルシファーが小さくなった。
カルシファーとて、いまはハウルの心臓を持っていないから、正確にハウルの気持ちはわからなかったけれど。
それでもソフィーやマルクルよりはハウルの気持ちはわかる。
純粋といえば聞こえはいいが、ソフィーは鈍感この上ない。
アイツも苦労するなァとカルシファーが思っていたとき、じっと扉を見つめていたマルクルがゆっくりとソフィーのほうに向き直り、何気なくとんでもないことを聞いた。
「・・・ねぇ、ソフィー。ソフィーはハウルのお嫁さんになるの?それともカブ?」
マルクルのその質問に、息なんてしていないけれど一瞬カルシファーは息がつまってしまったような気がした。
ハウルが居なくてよかったと心から思う。
きっとハウルが居ないからこそ、マルクルは聞いてきたのだろうけれど、なにもこんなタイミングで聞くことはないだろうとカルシファーは思わずにはいられない。
けれどカルシファーの息の根を止めてしまいそうなそんな質問をされたソフィーのほうは、じっと自分を見上げてくるマルクルの質問に、どうしてカブの名前が出てくるのかしら、と少し首をかしげて。
それからマルクルに視線を合わせるようにゆっくりと屈みこんだ。
「マルクルはどうしたらいいと思う?」
マルクルはソフィーの頭に上品にのっかっている綺麗な帽子をジッと見つめて、それから数回瞬きすると、はっきりと答えた。
「カブは蕪のカカシに化けてたくらいだから、きっと生まれる前は蕪だったと思うんだ。ソフィーって蕪は嫌いだって言ったでしょ?だからボク、カブはやめといたほうがいいと思うなぁ。だって、きっとカブは蕪が大好きだから、ご飯のことで喧嘩になっちゃうもん」
真剣にそういうマルクルは嫌いな食べ物が多い。
ジャガイモや魚が食卓に並んだときに、必死に格闘しているマルクルにとっては重要なことなのだろう。
真剣なマルクルに悪いと思いながらも、ソフィーは小さく笑って先を促した。
「じゃぁ、ハウルがいいかしら?」
冗談としか思えない軽い口調で、ハウルとカルシファーにとって冗談では済まされないことをさらりと。
この場にハウルが居なくとも、うんと答えてやってくれ、とカルシファーはマルクルを見たが、マルクルは真剣な表情で腕を組んで再度考え込んでいた。
「う~ん・・・。ハウルさんはー・・・」
その態度で、思わしくない答えであることは推し量れる。
それなりに面倒を見ている弟子にこの態度を取られてしまうハウルに、カルシファーは心から同情した。
でも、ほんの少しだけ今までの所業では自業自得かとも思っていたりするのだが。
「ハウルさんは確かにすごいけど・・・でも、あの人ワガママだよ、ソフィー」
悩んだ末のマルクルの言葉にソフィーは声を立てて笑う。
その様子に、もう止めて・・・、とカルシファーは声を出さずに小さくなって灰の中にもぐりこんで目を閉じたけれど、だけれど、声はしっかりカルシファーの元まで届いてきた。
「じゃぁどうしよう?」
「うーん・・・。そうだ、ソフィー!」
先を促すソフィーの言葉、再三考え込んだマルクルは、けれど今度はすぐに顔を上げて、嬉しそうにソフィーを見つめた。
信頼しきったその眼差しに、自然とマルクルを見つめるソフィーの瞳も優しいものになった。
マルクルは戦争孤児だという。
帰る家も待っている家族も居ないマルクルをソフィーは実の家族のように大切に思っている。
年のちかい実の妹レティーよりも年が離れている分、さらに庇護欲は強い。
子ども時代を早めに終了していたソフィーは、マルクルの子どもらしい動作の一つ一つに、失っていた感動を思い出していた。
そう、マルクルがソフィーを必要としているように、ソフィーもマルクルを必要としているのだ。
「ボクがいいと思うよ!ボクは蕪じゃないし、そりゃソフィーよりちょっとは年下だけど、ハウルさんほどワガママじゃないよ!」
「そうね。マルクルがいいね」
兄弟のようなそんなやりとりも、カルシファーにはあるはずのない胃が痛くなるような会話。
幼い弟のかわいらしい独占欲も、恋する男には通用しないのだ。