壊滅ブルー
寝起きの不機嫌さで任務内容がすっぽ抜けてた指揮官など、けして一般SeeDに見せられるものではない。
セルフィは今のやり取りを墓まで持っていく決意をした。
「じゃあ、そういうわけだから」
その瞬間、スコールの姿がぶれた。
人知を越えた高速移動の後、背筋が凍るような重苦しい金属音、スコールとサイファーのガンブレードがぶつかる。
全力で鍔迫り合いしながらサイファーが叫んだ。
「説得は、どうしたんだよっ!」
「やるだけ無駄だろうが。あんたに戻ってこいなんて言ったって意味がない」
「だったら襲ってくんのかよ、お前は!」
「戦闘不能にして持って帰った方が早いからな」
「俺は荷物か?!」
この言い争いの間も止むことなく耳に痛い剣戟の音(合間に魔法の光)が続いている。
予想通りといえば予想通りの展開に、ゼルとセルフィは頭を抱えた。
魔法の余波で船と建物が次々と崩壊していくのだから、後の処理を思えば心底頭が痛いところである。
「ど、どないしよ、ゼル…!」
「落ち着け! とにかくF.H.の人たちを避難させねーと…!」
スコールとサイファーを止めようなどと、そんな命知らずな真似はしようとも思わないしそもそも出来ない。
あの激戦に下手に首を突っ込めば巻き添えを食らって海に浮かぶ事になるだろう。
当座の方針を決めた二人は、二手に分かれて街中を駆けずり回った。
ゼルは大声を張り上げて手当たり次第に避難を呼び掛ける。
セルフィは街の中心にある駅長の家に走り、事情を説明して(説明になっていなかったが)避難の指揮を要請した。
一旦船着場に戻ってきたゼルは風神と雷神の二人を見つけて駆け寄る。
「ゼル! これは一体どうしたもんよ!」
「要、説明!」
ジョニーの爆発にもめげず所用を済ませていたところ、断続的に魔法らしい爆発音が聞こえてきたので慌ててサイファーのところに戻ってきたのだと雷神が言う。
そうしたらスコールとサイファーが盛大に戦闘していたというわけで。
「お前らとサイファーをガーデンに連れてこいって任務で来たんだよ!」
「そんなのはサイファーが承知するわけないもんよ」
「当然」
「説得出来ないなら力尽くで連れてくって事でスコールが仕掛けたんだ!!」
雷神たちに説明する間にも、海が凍り船が燃えていく。
何せガンブレードだけの戦いではない。
少しでも距離が開けば魔法の撃ち合いだ。
「おい、風神と雷神も避難しとけ。サイファー放っておけねーってのはわかるけど、お前らじゃ巻き込まれた時にヤバイ。ついでに逃げ遅れた人がいたら助けてやってくれ」
「うう…わかったもんよ」
「仕方無、了承。行」
力が及ばない事を悔しく思っているのだろうが、眼の前で展開されている戦いは壮絶を極めている。
雷神たちと入れ替わりにセルフィが戻ってきた。
ゼルやセルフィですら近付くだけで精一杯だ。
「駅長に頼んできたよ〜。はんちょたちはどう?」
「相変わらず五分五分でいつ終わるかわかったもんじゃねーや。擦れ違っただろうけど、風神と雷神たちは避難させたぜ」
「りょーかい。F.H.が壊滅する前に終わって欲しいもんやね〜」
「……不吉な事言うな」
かなりの勢いで洒落になっていなかった。
サイファーが目眩まし同然に放った小さなファイアを切り捨て、足下を狙ってブリザドを放つ。
魔法を導入した近接戦闘というものは、高位の強力な魔法が使えれば良いというものではない。
いかに効果的な使い方をするかで勝負が決まるのだ。
高位魔法を連発してスタミナを消費するより、少ない魔力で素早く発動出来る低位魔法を連発し、隙を突いて剣で打撃を加える方が彼らにとっては確実なのである。
低位魔法で戦闘不能にさせる事は難しいが、隙を作る補助にはなる。
先程のサイファーのファイアは、避け切れないように放つ事でスコールの視界を狭め、切り捨てるという無駄な動作を誘発した。
スコールのブリザドは、当たれば氷でサイファーの足を地面に固定するし、外れても体勢を崩させる事になる。
こういった小さな魔法で小競り合いをしつつ、高速で戦闘を続ける彼らだった。
が、ここで一つ問題になる事がある。
スコールとサイファーの実力だ。
言っちゃあ何だが傍迷惑なまでに強い。
ファイアを放てば常人のファイラ並、ファイラを放てばファイガ並、ファイガを放てば以下省略。
被害も増えるというものである。
「スコール! お前、腕が鈍ったんじゃないのか?!」
サイファーが振り下ろしたハイペリオンを受け止めると同時に、骨に響く振動が刃を伝わってくる。
痺れかけた腕がライオンハートを落とす前にスコールは後方に飛んで距離を取った。
「ッ! ……外交と内勤ばかりだったんだよ!」
「そりゃあご愁傷様で!」
追撃とばかりに距離を詰めてくるサイファーの刃をかわし、身を屈めた状態で斜めに切り上げる。
残像が見えそうな程の速さで抜けた刃はサイファーの左肩を掠り、白いコートに赤い花を咲かせた。
サイファーが舌打ちする。
「おまけに今日は久々の完全オフで、俺は余程の非常事態にならない限り一日中寝るつもりだったんだ! それをどこかのバカがよりによって今日見つかったせいで急遽任務が入って起こされたんだぞ?! 責任取れ!」
「知るか! だったらそのまま寝てろ!」
迫り来るエアロの風の刃がスコールの頬を浅く切り付けて霧散した。
ぬるりとした生温い液体が頬を伝う。
「あんたをガーデンに持って帰ったら寝てやるさ!」
ハイペリオンの銃座部分を狙って振り下ろすも、寸でのところで硬い刃に弾かれる。
寝る寝ない、持っていく持っていかない。
世界でもトップクラスの傭兵の口喧嘩としては低レベルな事この上ない。
スコールたちの戦いを見守らざるをえないゼルたちは、魔法の余波を防ぎつつ嘆息した。
「ちっとも変わってへんな、はんちょたち」
「ああ、前からあいつらの喧嘩は馬鹿馬鹿しかった。そのくせ被害はデカイんだよなあ…」
戦場となってしまった船着場はすでにその機能の大半を失っている有様だ。
ふと、セルフィが首を傾げた。
盛大な喧嘩(もはやそうとしか言い様がない)が繰り広げられているのはともかく、長引き過ぎではないだろうか。
「なあ、スコールはんちょってガーディアン・フォースは何ジャンクションしてたっけ?」
「あ? 確か今はエデン付けてたはずだぜ」
「サイファーはんちょは、なーんもジャンクションしてへんしな〜…」
「それで互角って事は、やっぱりスコール、相当疲れてたんだろうな…」
などと二人が感心している間に、スコールの動きが少しずつ鈍り始めてきていた。
「くっ…!」
近接戦闘における己の不利を悟ったスコールは大きく距離を取って詠唱を始めた。
日頃の激務で疲労が蓄積しスコールの持ち味である素早さを活かせない今の状況下では、サイファーを抑えるどころではない。
仕方なく、中−遠距離での魔法戦に切り替える。
スコールとサイファーが常人離れしているのは何も魔法の威力だけではなかった。
詠唱速度、魔法発動までの速度が尋常でなく速いのだ。
「メテオ!」
「なッ?!」
禁断魔法が作り出す擬似隕石が蒼穹を切り裂いてサイファーへと降り注いだ。