お大事に
「ま、眩しい笑顔で頷かれた……! 訊いたこっちが気恥ずかしいわ!」
順平とゆかり、あと風花も、私が荒垣先輩を好きなことを知ってる。最初はびっくりされたけど、先輩もこの寮で一緒に暮らすようになって、今ではなぜだか微妙な顔をされつつも頑張れと応援してくれているから、安心して頑張ることにしている。
「しっかし……おまえ、意外と尽くすタイプなのなー」
「意外と?」
「や、なんてーの、おまえってさ、こそこそ写真隠し撮りされちまうくらい人気者なわけじゃん? 並いる真田さんファンの女どもを余裕で黙らせて一緒に帰っちゃったりする猛者でもあるしさ。尽くすより、逆に野郎のほうが一生懸命尽くしたがりそうっつーか?」
「余裕でってことはないよ。あのとげとげの視線の集中砲火を弾き返せるだけの自分になるまでに、何十杯のフェロモンコーヒーをがぶ飲みしてきたことか……ていうか、隠し撮りの件では順平に全面的にお世話になっちゃって、ほんとにありがとね」
「いやいや、礼とかいらねーから。あれは俺が勝手にやったことだからさ」
照れくさそうに手を振る順平に、私は恋愛のあれこれが一切絡まない男の子の友達っていいなあ、としみじみと思った。順平は普通に私を女の子扱いして優しくしてくれるけど、そこに変な下心がないから一緒にいても気が楽だった。
「ぶっちゃけさ、俺、一架は真田さんのこと好きなんだと思ってたから、真田さんに『一架っちに好きな女の子のタイプとか訊かれることがあったら、びしっと「おまえだ」って言っといてくださいよ』みてーな入れ知恵したことあんだよなー」
「それはそれである意味いいアドバイスだったかも。だって、真田先輩って自分がどういう女の子が好みかとか、わかってなさそうだし」
「あー……まあな、確かにあのひと、その辺ちっと鈍いとこあるよなー。あああ、もったいねー、あんなにモテてんのに……!」
「先輩の見た目とか戦績、成績だけでカッコイイって目の色変えてる子たちにモテたって、面倒なだけじゃない?」
「お、言うねー。言っちゃったねー。つーか、一架っち、意っ外と同性にはキビシータイプ?」
「性別じゃなくて、個人的に親しいかどうか、かな。名前も知らないひとのことは基本的にどうでもいいもん」
「へ? そっ、そーなん?」
「うん。まあ……影時間とかシャドウがらみでの被害者はまた別だけど」
私がそう付け加えると、順平は少しほっとしたようだった。
「けど、俺もそれ、わかんなくはねーかな。……仲間とかダチとかになんかあればそりゃ心配もすっけど、その枠外のヤツのことって、あんま気にしねぇっつーか……無気力症になっちまったとか聞けばヤベえって焦るけど、彼女と破局寸前だとか聞いてもへーで終わりっつーか、関係ねーよ知らねーよどうでもいいっつの、ってなるもんな」
「うん。……真田先輩にきゃあきゃあ言ってる子たちの中にも、すごく真剣で一生懸命な子もいるんだろうなとは思うけど、私にしてみれば十把一絡げで先輩の迷惑にしかなってない人たち、で終わりだから」
私は特別課外活動部の仲間としても、同じ学校の先輩としても、真田先輩に興味があったし仲良くなれるならなりたいと思って話しかけた。それがたまたま放課後のことで、先輩も部活のない日で、なら一緒に寮まで帰るかって話になっただけのことなのに、先輩のファンらしい女の子たちからものすごい目で睨まれてしまった。
アンタごときブスが調子こいて真田先輩に声なんかかけてんじゃないわよ、って念波ががんがん送信されて来て、ここで無理して一緒に帰ったら近い将来先輩に迷惑をかけることになりそうだな、って思った。
たとえば、私がファンの子たちにつるし上げられてることを知って、庇ってくれようとしたりとかね。
だから、どんなに睨まれてもその視線が私に刺さらずに自然と弾かれて落ちてしまうくらいに女を磨いて、無理とかしないでも先輩と並んで歩ける私になってからまた声をかけてみようって心に決めて、その場は引き下がったんだけど。
頑張って魅力をあげた理由の半分はそのためであって、別に真田先輩と恋愛をしたかったからじゃない。
もう半分は、うん……荒垣先輩とまた会えたら、ちょっとでも可愛いとかいい感じって思われたいなって気持ちで。
ただ、見た目とかだけじゃ興味持ってくれないかもって不安もあったから、勇気も学力も手抜きしないで上げてきたんだけどね。今は、それに加えてもっと料理の腕も上げとけばよかったなって思ってる。
あんなに料理が上手な先輩に私が何か作って、それを食べてもらうなんて、いくら勇気が『漢』まで上がってても、ちょっと……かなり難しい。別に自分が料理下手だとは思わないけど、荒垣先輩と比べたら小学校の調理実習レベルだと思うし。
でも、おかゆは味がどうとかじゃなくて、風邪で胃腸が弱ってるときに食べやすくて消化のいいものをってことで作ってるから、そんなに緊張しなくて済んでる。
でも、やっぱり味加減も気になる、かな……。
「そうだ、順平、ちょっと味見してみてくれる?」
「へ? 俺? 俺でいーのか?」
「ん? うん」
なんでだかちょっと怯んだというか、遠慮がちになった順平に、小鉢にすこし取ったおかゆとスプーンを差し出す。
「熱いから、気をつけてね」
「お……おう。んじゃ、その……い、イタダキマスっ」
……だから、なんでそんなに緊張するの?
しかも、気のせいか心なしか顔が赤いような……?
順平は小鉢の中身に直接ふーふーしてからスプーンですくって、えいっとばかりに口に入れた。そのまま生真面目な面持ちで、しばらくもぐもぐしてる。
味、薄いかな……? 風邪ひいてるときって味覚も鈍るから、薄すぎたら荒垣先輩には味がしねぇなって思われちゃうかな?
「どう?」
「んー……なんだこれ」
「……えっ、まずい?」
「や、ちがうちがう! そーじゃなくてさ!」
焦った私に順平の方がもっと焦って、まだ少し残ってる小鉢のおかゆをかぱっと口に放り込んで、味じゃなくて、なんて言えばいいのかを吟味してる様子でじっくり味わってから、
「なんつーか、すげー優しい感じ?」
と評した。
「優しい?」
「ああ。……ビョーキの子供に優しいおかあさんが作ってくれるおかゆってのは、こういう味なんだろなって。だから、その……い、いいんじゃねーの?」
「あ……うん。ありがとう」
びっくりしたけど、順平が変に気を遣ってお世辞を言ってる訳じゃないみたいだっていうのはわかったから、素直にお礼を言っておいた。
「あー、やべ、照れた。なんかすっげー照れたわ、俺。……一架っち、いい嫁さんになるぜ」
「そう?」
「ワタクシ伊織順平が太鼓判を捺してやんよ。うん。じゃ、おれっちはこの辺で……」
「あ、待って順平、これ、荒垣先輩のところに持ってくの、頼めないかな」
「はい?」
キッチンを出て行こうとした順平が、ぽかんとした顔で振り向いた。
「って、なんで俺?!」
「なんでって、私が持って行ったんじゃ、先輩絶対ドアすら開けてくれないだろうし」
「はいい?! そりゃまたなんでよ?!」
「だって、荒垣先輩だから」
「あー……うん、まーね……なんだろね、それすげー説得力ありまくりっつーか……」