二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
小柴小太郎
小柴小太郎
novelistID. 15650
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

縁の糸

INDEX|2ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

「そりゃあ、聞こえたに違いないわよ……。でも、大丈夫じゃない? なんにも言わなかったし。むしろ、猫のほうがわたしたちの言ったことに怒ってたみたいだけど」
「猫って、人間の言葉がわかるっていうわよね……祟られたりしたらどうしよう! 謝っとく?」
「謝るって言ったって、もうあんなに遠くに行っちゃってるわよ……」
 本人たちは声をひそめているつもりなのだろうが、少女特有の甲高い声はことのほかよく響く。すべて丸聞こえだったので、ゴウトが再びふんと鼻を鳴らした。失敬な、と言いたげでもあり、まあいい見逃してやる、という風でもある『ふん』だった。
 ゴウトの現在の肉体は猫のものだが、彼自身は元は人間である。そもそも、業斗童子とは葛葉一族で禁忌を犯した召喚師に科せられる刑罰の名称で、黒い生き物に繰り返し憑いては一族の召喚師の従者を勤めるという、単なる刑死よりも重く厳しい刑なのだ。ライドウも詳しくは知らないが、ゴウトはこの刑に服してから相当長い時を生き続けているらしく、『葛葉ライドウ』付きになるのも十四代目の自分が初めてではないようだった。
 長く続けていても動物扱いされるのは腹立たしいらしく、電車に乗った時もはじめは外套の上からライドウの膝の上に伏せていたゴウトだが、他の乗客(特に子供)に嬉々として撫でられることに耐えかねて、自分から外套の中にもぐりこみ、丸くなって不貞寝してしまったくらいだ。
 一応ライドウも『気難しい猫だから』と、触ろうとしたり抱っこしたがったりする乗客からゴウトを庇いはしたのだが、子供は遠慮がないし猫好きの御婦人(しかも御年配)はそういう猫ほど懐かせるのが大の得意だと言って聞く耳を持ってくれない。俺ひとりくらいしっかり守れとゴウトに叱られ、しかしながら『里の外では、子供や女性には物腰柔らかく親切に』と言われている以上、触るなと強い調子で拒絶するのも躊躇われる。
 幸い、わざわざライドウの外套をめくってまでゴウトに触ろうとするつわものは居らず、後から乗ってきた乗客はライドウが猫を連れていることに気づかなかったので、乗り換えの時も外套の中で抱き抱えたままゴウトの姿を人目に晒さぬようにしたものだ。
 富士子パーラーと記された洋菓子店の脇を折れて、突き当たりをまた折れる。このまま川沿いにまっすぐ軽子川商店街を行けば、目的地である銀閣楼があるはずだ。怪しげな骨董品屋の前を通り過ぎる際、ライドウは足を止めて周囲の気配に感覚を尖らせた。
 呪力、魔力の類が雑じり合う中、悪魔の気配が残り香のように漂い出てくる店だった。ここがそうか、とゴウトが長い尾を振った。
 ヤタガラスの使者から、筑土町には悪魔合体を引き受けている『ドクター』がいると聞いていた。悪魔同士を融合させて新たな悪魔を造り出すその技術は彼が編み出したもので、そこでしか行なえないものだということも。
 金王屋と記された看板を見上げ、出入り口脇に置かれた金ぴかの蛙の置物を見てから、
「胡散臭いとしか言えない店構えだな」
 とゴウトが呟いた。
 ライドウは全面的に同感だと思った。
 店の前で、入るでも通り過ぎるでもなく突っ立っている姿を奇異に思われたらしい。再び歩き出そうとしたライドウにおいそこの書生、と横柄な声を掛けて来た者がいた。





 ハンチング帽を被った中年男が、胡散臭そうにライドウをじろじろと眺め回しながら近づいてくる。
「その制服からすると、弓月の君師範学校の生徒だな」
「……」
 面識のない相手から名乗りもなくいきなりそんなことを言われても、返答のしようがない。見てわかったことを言っているのだから否定も肯定も必要ないだろう、と判断しただけなのだが、無言のまま視線だけ返したライドウの態度がお気に召さなかったらしい。男は犯罪者でも見るような目つきになってライドウを益々じろじろと見回した。
「官憲の匂いがするぞ。こういった無礼な手合いは官憲か破落戸と相場が決まってるもんだ」
 ややうんざりした口調でそう言ったゴウトに、ライドウはそういうものなのかと思いながら、男に『何か?』 と短く問いを返した。職務質問であるならば応じるのが市民の義務である。
「最近、真昼間っから堂々と盗みをやらかすふてえ野郎がいてな、店主がちょいと厠に立ったとか馴染みの客と話しこんでるといった隙に、金や商品をごっそりと懐につっこんで何食わぬ面で店を出るって手口なんだが……その鞄の中、見せちゃ貰えないかね?」
 取ってつけたように最後だけ幾分丁寧な語調になった男が、おっと、おじさんはこういうもんでね、と黒革の手帳をちらつかせた。
 桜の代紋を見てもゴウトの眼力に感心しただけで特に驚きは感じなかったライドウは、逡巡することなく鞄をどうぞと刑事に差し出した。その冷静な態度がまた気に入らなかったようで、刑事は化けの皮を剥がしてやると顔中に大書きしてライドウの荷物を掻き回し始めた。
 鞄の中身は着替えが少しと、必要な時に必要なだけ切って使おうと一反まるまる巻いたまま入れてきた晒の手拭い、洗顔など身仕舞に必要な小物類をまとめた袋の他には、呪符などを書くための携帯用の墨壺や筆を収めた小箱、魔眼鏡、薬入れ、携帯用裁縫用具一式、書籍数冊が入っているだけだ。とりあえず、見せたところで何だこれはと怪しまれるものは入っていない。
 刑事はしつこい性格のようで、小箱や袋は必ず開けて中身を改め、終いには本の頁の間まで確認するほどの念の入れようだった。因みに、本は漢文のものと古い肉筆の草書体のもので内容は勿論悪魔召喚師にしか理解できないことが書かれており、一般人が斜め読みで把握できるようなものではなかった。
 最後に調べた本の間から、一通の封筒が出てきた。
 封じ目に葛葉の紋が捺されたもので、鳴海探偵社所長殿と達筆で記された宛名を見た途端、刑事の形相が変わった。
 目が見開かれ、鼻の穴も膨れ開き、眉尻が吊りあがって口はへの字になった上に、明らかに首から上に血の色が昇って来たのだ。怒りの形相、に近いが、どこかしら喜色めいたものも混じっている。
「鳴海だァ?! おいおまえ、あいつとどういう関係だっ」
「………上司と部下、に、なる予定です」
「なんだその予定ってのは! はっきりしねぇなおい!」
「…………これからお目にかかるので」
「これからァ?! ………ってことはつまり、まだ、会ったことは」
「ありません」
「………………」
 激しい頭痛に耐えるような顔つきでおとなしくなった刑事に、ゴウトがにやりとしながら言う。
「個人的に、鳴海とやらに敵愾心だか劣等感だかを持っているようだな、この男」
 鳴海氏の関係者ならば叩けば埃の出る身体に違いないと、ライドウを任意同行でしょっぴく気満々だったが、未だ面識はないと知って落胆したらしい。
「おい、ちょっとこの男の肚の中を吐かせてやれ」
 面白がってそんなことを言い出すゴウトに少し驚き、しかしながら、これから会う鳴海という人物のひととなりを聞くということにはライドウも興味を惹かれたので、外套の内側で管を一本抜き取った。
作品名:縁の糸 作家名:小柴小太郎