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小柴小太郎
小柴小太郎
novelistID. 15650
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縁の糸

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 鳴海はゴウトの言葉を解さない普通の人間でありながら、彼には鳴き声にしか聞こえないそれから機嫌の傾き具合を察したようで、即答で却下かよと笑っていた。
 そして、屈めていた上体を起こすと、ついでのように、
「まあ、とりあえず荷物置いて来いよ」
 と言って、ライドウの私室の場所を教えてくれた。
 雑把な物言いをするようでいて、一息入れてからこれからのことを話そうという気遣いをするひとだ。が、それがあまりにもあっけらかんとしたものだったので、気遣いなのか気まぐれの思いつきなのかの判別がつきにくい。
 ライドウは里の人間とは全く違う人種である鳴海に少し困惑しながらも、ありがとうございますと応えて軽く頭を下げた。






 私室にと宛がわれた部屋も事務所同様板張りの洋室で、寝台、机、本棚、それから洋箪笥が設えられていた。
 ライドウの感覚では、室内でも履物を履いたままというのはなんとも奇妙な感じがしてならない。事務所は仕事場だからともかくとして、ここは私室なのだからそこまで合わせずともいいだろうと考え、入ってすぐの扉の開閉を妨げないところに靴を脱いで揃えて置いた。
 荷物は鞄の中身だけなので、書籍と筆記具は机の抽斗へ、着替えは箪笥の抽斗へ、と簡単に片づけが済んでしまう。外套も脱いで箪笥の上段の洋服掛けに掛けておくべきなのだろう、とは思ったが、ライドウはそれをせずにほとんど空になった鞄を代わりのように中に仕舞って、箪笥の扉を閉めた。
 外套の下、學生服の上には白革のホルスターと剣帯が巻かれ、管と愛用の銃と刀が収められている。管だけならばまだしも、銃と刀は人目に晒せない。故に外套はどうしても不可欠なのだ。
「見習いにくれて寄越すには随分といい部屋だが……どうも落ち着かんな」
 独り言でゴウトがそう呟くのを聞いたライドウは、
「分不相応だということか」
 と尋ねた。
 ゴウトはやや神経質そうに髭を揺らしてから答える。
「普通ならな」
「そうか」
 広さは畳に換算すれば六畳ほど。住みこみの書生や女中などに与えられる部屋は大概数人で雑居する大部屋か、或いは三畳程度の納戸に文机をひとつと寝具一式を置いただけの代物である。それと比べれば格段に広く、家具も揃って独り部屋というのは全くもって贅沢な話だ。
 そう説明され、ライドウはもう一度『そうか』と言った。
 ライドウとしては、雨風が凌げて、銃や刀の手入れをするところを人目に晒さずに済むところであればどんな部屋でも構わなかった。この部屋は充分にその条件を満たしている。ならば、別に問題はない。
 気になることがあるとするなら、
「ゴウトの寝床がないが、同衾でかまわないか?」
 ということくらいのものだ。
 しかしながら、ゴウトの喉からは少しばかり物騒な唸りが洩れた。
「………おい、――、いくら容れ物が猫とはいえ、俺は愛玩動物ではないぞ」
「もとより承知だが」
「目付役と同衾するサマナーなど聞いたことがないわ!」
「だが、椅子では狭いし床は固くて冷たいだろう」
「いらん気遣いだ」
「では、三時間交代ではどうだろうか」
「尚悪いわ!」
 何が気に入らないのかわからない、という目で見据えられ、ゴウトは無性にその場で爪研ぎをしたくなった。
 世間知らずだから、というのとは全く別のところで、この新米葛葉ライドウとの意思の疎通の難しさを感じる。それはもう、ひしひしと感じるのだ。
「こやつ、もしや意外と天然素材か? ……そうなのか?」
「何か言ったか」
「いや、何も。……ただちょっとな、おまえを一人前に育て上げるのはなかなかに大変そうだと思っただけだ」
「そうか」
 面倒掛けてすまない、と生真面目に謝り、ライドウはゴウトが廊下に出るのを待って扉を閉めると、事務所に向かって歩き出した。
 鍵をかける、という習慣がまだ身についていないので、鍵はポケットに入れたまま使い忘れた。






 それが一種の尋問であったことを、ライドウは後日になるまで気がつかなかった。
 鳴海から探偵事務所の仕事について大まかに説明され、そういえばと雑談の水を向けるようにしていくつか個人的なことを訊かれたのだが、ライドウは質問の意図を疑問に思うこともなく端的に答え、答えられないことには正直にそう言った。その結果、何故か途方に暮れたようにがりがりと頭を掻き、お手上げだとでも言うようにぐたりと椅子の背凭れに沈没してしまった上司は、長い長い溜息をついてゴウトと同じようなことを言った。
「参ったな……こいつぁ、おまえさんを一丁前の助手に仕上げるのはかなり骨が折れる仕事だぜ」
「そうですか」
 到らなくて相済みません、と頭を下げたが、そんなライドウに鳴海はますます絶望的な呻きを洩らす。
「全くよう……勘弁してくれよー。葛葉ってぇのはデビルサマナーを育てんのに一体どういう教育してんだよ」
「それは、申し上げられないと先程」
「ああ、ああ、わかってる。わかってるさ! 違うんだよ、俺が言ってんのはさ、どこで何をどうやって育てりゃおまえさんみてぇな人間ができあがっちまうのかっていう魂の叫びなんだよ。絶叫もんだよ。ぎゃーなのよ」
「……」
 葛葉の里で朝から晩まで優秀な悪魔召喚師になるべく厳しい修行をして育てられた結果が、現在の十四代目葛葉ライドウだ。が、それに対してぎゃーと絶叫されては、ライドウとしては返答どころか反応にさえ困る。ので、無反応としか見えない無表情無動作になった。
 とりあえず、育ちのせいで自分は帝都の『一般的な十代男児』としては相当に奇矯で問題が多いらしい、とだけはわかった。人前では言動に気をつける必要があるな、と自戒するライドウである。
 一頻りぼやいたことでいくらか気が鎮まったのか、鳴海が頬杖をつきながらまじまじとライドウの顔を凝視する。観察というよりは、不可思議なものをよくよく見ようとする眼差しに、ライドウは目を逸らすことなく黙って鳴海を見返した。
 鳴海の容貌は整っているが、いい意味でそれを崩しているのが彼の表情だ。ライドウに質問していた時の、考えていることや感情を読み取らせない目をして見事に上っ面だけで作った人あたりの好い表情ではなく、お手上げだ勘弁してくれとばかりに心底からぼやいたり唸ったりしている時の表情が、である。
「はあ……ま、しようがないか。おいおい慣れてきゃいいさ」
 不意にへらっと笑ってそう言った鳴海に、ライドウは軽く頭を下げた。
「僕の言動に拙いところがあれば、その都度指摘してください。直しますので」
「あいよ。おまえさんも、わかんないこととか気になることがあったら、何でも訊きな。……つうか、ライドウちゃんさ、自分のこと僕ってぇのな。ちょっと意外な感じするなー」
「直しましょうか」
 奇妙に受け取られるなら一人称を改めよう、と思ってそう返したら、ちょっと驚いた顔をされた。
作品名:縁の糸 作家名:小柴小太郎