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小柴小太郎
小柴小太郎
novelistID. 15650
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その召喚師、純情につき……

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 仲魔に鍋の番をさせてまで煮こみに煮こんだ葛葉ライドウ渾身の『ビーフシチュー』が夕餉に供されてから数日後、知人だか友人だかに会うために昼過ぎから外出していた鳴海が深夜に帰ってきた。
 かなり酔っている様子だ。
 いつもは洒落者らしくきちんと着こなしている三つ揃いは、暑いという理由で上着とチョッキが脱がれ、しかも適当に丸めて小脇に抱えられており、ネクタイはだらしなく緩んで首からぶら下がっているし、シャツのボタンもいくつか外れてへろへろに開き、しかも裾が片方ズボンから出ているという伊達男台無しの惨憺たるありさまである。ついでだが、帽子もかなり斜めにひん曲がって頭に乗っかっていた。鳴海がライドウのようなしゅっとした直毛だったら、とっくに落っこちていただろう角度だった。
 絵に描いたようなへべれけっぷりの鳴海を出迎えたライドウは、少し驚きはしたもののすぐに肩を貸して事務所に上司を引きずりこみ、長椅子に座らせてからコップに冷たい水を汲んで持って来た。
「はははー、ありがとーライドウちゃーん」
 と言ったらしいが、呂律が回っていなくて日本語に聞こえない言葉を発した鳴海が一息で水を飲み干した。口の横から零して顎も喉も濡れるが本人は気にしていない。気づいていないのかもしれなかった。
 ライドウは学生服のポケットからきちんとアイロンのかかったハンカチーフを取り出して鳴海の口許から胸元までを拭き、今にも落ちそうな帽子を癖毛頭から取って形を整えると、しゃっと腕を一振り、見事に帽子掛けに投げて引っ掛けた。
 上着とチョッキは皺をのばしながらハンガーに掛けて吊るす。ついでにポケットの中のものを出して、財布や手帳は鍵のかかる抽斗に、何故か入っていた飴玉はシガレットケースと一緒に机の上に置いた。
 帰宅したことで安心しきった酔っぱらいの定石どおり、鳴海はしきりと眠たがって長椅子にごろりと身を倒した。しかしながら、喋りたいという気持ちもあるらしく、発音が崩れた口調でなにやらうだうだと言っている。
 何を言っているやらさっぱりだな、と思いつつ、ゴウトにもなんとか聞き取れた断片を繋ぎ合わせてみるに、『賭けで呑み比べをして勝った。全額奢らせてやったぜ、わははは!』という話らしかった。
 鳴海という男はそこそこ酒には強いようで、ひとりで白ワインを一本空けても少々ご機嫌になるくらいで然程深くは酔わない。この種の酒飲みは限界ぎりぎりまではいくら飲んでもほろ酔い以上にならないが、限界を超えた途端に倒れるか、素面のような顔のまま中身だけ超力ヨッパライダーに変身してとんでもない奇行に走るかのどちらかに分かれるものだ。
 幸い、鳴海は回らない舌で得意気に楽しかったことをふにゃふにゃ話して笑う程度だし、そのほかは陸揚げ鮪状態なだけで済んでいる。今のところは、だが。
「……いや、多少、絡み上戸の気もあるか」
 不思議とヨッパライダー語で話す鳴海の言葉を正しく理解しているらしいライドウが、いちいち律儀にそうですか、よかったですね、と受け答えをしながら相手を本人の私室に運びこもうとして起こしにかかっているのだが、既に長椅子で寝る気満々の鳴海はそれを嫌がった。
「いいから聞きなさいよライドウちゃん」(と言ったらしい。ゴウト推測)
「聞いています。……いくらでも聞きますから、寝台で休んでください、鳴海さん」
「ひとの話をよく聞くってえのはいいことだ、うん。探偵見習いの基礎修練だな。だがな、ライドウ、誰のどんな話でも馬鹿正直に延々つきあって聞いてちゃあ、時間の無駄だ。無駄無駄。うん、無駄!」(ゴウト翻訳)(ついでに「そうとも、今まさにおまえの話を聞くことこそがそれにあたるぞ、駄目男」とつっこみ)
 生真面目に話を聞きつつも鳴海を引き起こそうとするライドウに、鳴海は巧い抵抗を思いついたという顔でにやりと笑った。
「…っ?」
「ふははー、どうだいライドウちゃん、これで身動きとれないだろー。俺ってば頭いいねえー」(ゴウト意訳)
 自分を起こそうとするライドウを自分から引き寄せて、がっちりと抱きついた鳴海が勝ち誇る。癖毛に顎を擽られる状態のライドウは覿面に動揺して硬直していた。予想外の攻撃にかなりびっくりしたようだ。
 おお、こやつがここまで仰天した顔は初めて見たな、と別の意味でゴウトも少々驚いた。
 しこたま酔っぱらった三十路男にいきなり抱きつかれても驚かなかったら胆が太すぎて行く末恐ろしいだけなのでなんとなく安堵もしていたゴウトだったが、酔っ払いが明らかに甘える仕草で少年の喉許に額を擦りつけたのにはどん引きした。
「鳴海さん…?」
「うーん、いい匂いがするねえ……何かつけてる? ライドウちゃん」(ゴウト超訳)
「いいえ、別に何も」
 まともに答えるライドウに『馬鹿者、暢気に返答などしとらんでとっとと引き剥がせ』と言いかけたゴウトの口が、しかしながら言の葉を発する前に止まってしまった。
 気のせいでなければ、ライドウの皓い顔は皓いままだが、形のいい耳が。
 耳だけが、見事に真っ赤になっているように見えるのだが。
 ゴウトはただの猫ではないので、色の識別ができる。猫舌だが、風呂は好きで熱めが好みだ。それはともかく。
 人間と同等に色の識別が可能なゴウトの翠の目には、ライドウの耳が紅潮しているのが見て取れる。
 何故そこで赤くなる?! と、驚愕のあまり絶句してしまった。
 その後もしばらくもごもご何か言っていた鳴海だが、酒による睡魔に負けて鼾をかき始めた。当然体からも力が抜けて、ライドウに絡みついていた腕が外れて滑り落ちる。
 拘束が解けると、ライドウは低く溜息をついた。
「……困ったひとだ」
 小さな呟きには僅かに掠れが混じり、溜息には燻るような熱が潜んでいる。
 口を半開きにしたまま固まっているゴウトの目の前で、ライドウは鳴海を荷物のように肩に担いで立ち上がると、危なげなく歩いて事務所を出て行った。見かけによらず膂力があるのは、日常的に銃と刀を使い分けて悪魔をぼこぼこにのしているせいだろう。女学生に御伽噺の王子さまみたい、などと評されているライドウだが、実態は学帽以外は一糸纏わぬ姿でやくざをたこ殴りにした結果、『顔に似合わず……(いろんな意味で)すげぇから』などとびびられているような男である。
 鳴海を担ぎ上げるくらい、何程のことでもないのだ。






 銀閣楼の中で探偵社のある三階は鳴海が借り切っていて、事務所と資料室以外の部屋が住居として使われている。といっても、着替えて寝るだけの部屋である。ライドウに与えられた部屋も同様だ。