meet again
『恋心』
私は、あの人が好きだ。高校に入ってすぐ……ほとんど一目惚れだった。
彼の声が好きだ。趣味が合ったこともあって、会話は割りとよく弾んだ。
告白は、何度かした。そのどれもが冗談交じりだったけど。もちろん、本気で受け止めてはもらえなかった。
あの人には、彼女がいた。それを私は知っていた。彼の携帯の待ち受けには仲の良さそうな二人の写真があった。
それでも私は諦めなかった。諦められなかった。
彼の声を聞いているだけで幸せになる。彼が私の名前を呼ぶとどきどきする。
高校三年生、最後の年。来年には、彼とは別の道に進む。これが最後のチャンスかもしれない。
三年間へばりついていたおかげで、私は学校の他の誰よりも彼のそばにいるという自信があった。校内では。
私はあまり女らしくない。胸も小さいし、髪もショートカット。ついでに一般的にはオタクと呼ばれる部類に入る。
恋愛対象として好かれる自信はほとんどなかった。それでも、私が本気だということだけは伝えたかった。
叶わなくても、これは本物の恋だったと、彼に知ってもらいたかった。
似合わないかもしれないけど、ピンク色のシフォンのキャミソールワンピースを買った。肌の露出と、ふわふわの女の子らしい格好で、せめて女として見てもらいたかったから。
慣れないながらも薄く化粧をして、ワンピースを着て、少しヒールの高い靴を履いて、私は彼を待つ。
彼が待ち合わせの場所にやってくるのを、約束の時間よりずいぶん前から待っていた。
彼がやってきた。少し、息を切らしながら、小走りで。
制服姿ではない私を見て、少し驚いた顔をして、それでも笑顔で似合ってると言ってくれた。
そして、私は自分の想いを伝えた。彼は困ったような顔をして、一言、言った。
『ごめん』
目が覚めると、私は泣いていた。
ここは、待ち合わせの場所でも、学校でもない。
重い体を持ち上げると、非現実的な現実を否応無しに突きつけられる。
彼の名前は覚えていない。彼の顔すらも忘れてしまっている。
けれど、この強い感情だけは、忘れることが出来ない。
私はもう一度、あの人に会いたい。まだ、何も伝えていない。
だから、私は絶対に元の世界に帰ってみせる。それが、どんなに危険で大変なことであろうとも。
「どうした、具合が悪いのか?」
ウイングさんが、私の頬に残った涙の跡を見て、顔を覗き込んでくる。
「いえ……ちょっと、悪い夢を見てしまって」
シュートが水を持ってきてくれた。コップなんて気のきいたものはここにはなかったから、桶に手を入れて直接すくい取って口をつける。目が覚めて、悲しい夢の結末を、ほんの少しだけ忘れられた。
「本当に大丈夫か? まだ顔色が悪いぞ」
精孔を無理に開いたせいで具合が悪いと思っているのか、ウイングさんは本当に私のことを心配してくれている。
これがあの人だったらよかったのに……そう思ってしまったことを、私は心の中だけでウイングさんに詫びた。
そして、シリアスな空気を打破するように、シュートが声をかけてきた。多分、意図的に。
「三日も寝てたから腹もすいてるっしょ。焼き鳥、食わねぇ?」
「食う食う!」
これ以上落ち込んでいても仕方ない。私には目標があるんだから。
ベッドから出て気づいた。眠っている間に、体の方が纏を覚えてくれていたらしい。オーラが噴出することも無く、ふよふよと体の回りを漂っている。ついでに絶もできるようになっていた。多分、倒れたときにオーラがゼロになって、強制的に絶状態になった時に、こっちも体が覚えてくれたんだろう。これは思わぬ収穫だ。
シュートが小屋の外から、枝に刺した鳥を持ってきてくれた。ほぼそのままの形での丸焼きなのでちょっとグロテスクだけど、すごく香ばしい。見た目以上においしくて、ついつい三羽も食べてしまった。
「そんだけ食欲がありゃ大丈夫だな。よし、お前さんの名前考えるか」
ウイングさんも、何かの獣の丸焼きをかじりながら、小屋の床に腰を下ろす。続いてシュートも。
私が気絶している間に、二人で食料と水を確保してくれていたらしい。申し訳なくて、でも、すごくありがたい。
もし、私一人だけがこの世界に来てしまっていたらと思うと寒気がする。念も使えず、たいした体力も無く、知らないこの土地で速攻ゲームオーバーに違いない。精神的にも、仲間がいるというだけで、ずいぶん気が楽になっている。
「名前……うーん、誰か私に似てる人、H×Hにいたっけかなぁ」
女性キャラを一人ひとり思い出してみる。ミトさん……は駄目だし、ポンズ……も、違うよねぇ。そもそも黒髪女キャラってのがあんまりいないよね、H×H。
「メガネしてりゃシズクに似てるかもな。旅団の」
ウイングさんの言葉になんとなく納得する。でも残念ながら両目2.0なんだよなぁ。デメちゃんいないし。
「そもそも、その、H×Hのキャラの名前である必要があるんスか?」
シュートの、根底から発想を覆す発言に、ウイングさんと私の拳が同時炸裂する。
「馬鹿野郎! オメーにゃ男のロマンってもんがねーのかよ!」
「憧れの世界に入ったからには憧れのキャラを演じるのが夢ってもんでしょーが!」
ウイングさんも私と同意見とは驚きだ。この人もオタクなんだろうか。せめて、ウイングじゃなくてノブにしておくべきだったかしら、活躍頻度的に。
「しかしお前さんの場合、シズクよりフェイタンの方が身長的にも目つき的にもグボアッ!」
ウイングの腹部に肘鉄一発。前言撤回、ウイングでももったいないわ。何かその辺のザコキャラの名前でもつけときゃよかった。トンパとか。
頭と頬をさすりながら、シュートが涙目で尋ねてきた。
「でも、もしその、登場人物とばったり出くわした場合どうするんスか?」
「逃げる」
「バックレる」
ここでもウイングさんと私の意見が一致した。主人公に関係するルートとは、一箇所でも重なるわけにはいかない。あの子らの周りでどんだけ人が死んでると思ってるんだ。多分ウイングさんも同じ理由だろう。
「とりあえず、ここがH×Hの世界だとしても、絶対にヨークシンやNGLや東ゴルトーには行かねぇぞ。絶対な」
どうやらウイングさんとは気が合うらしい。……単に彼が臆病者だっていう可能性もあるけど。
紆余曲折を経て、私の名前は『パーム』になった。別に外見が似てるわけでもないけど、色恋沙汰をモロに出してきた女キャラが彼女だけ、ということで。あと、私は納得いってないけど、キレたときの目つきが似てるらしい。もちろんそんなことを言った張本人は気絶するまで殴っておいた。硬で。私は多分強化系じゃないっぽいので死にはしないと思う。勘だけど。
シュートはかなり怯えてた。失礼な、可憐でか弱い女子高生(今は10歳)に向かって。
コンコン……
私たちがそんな漫才を繰り広げている最中に、ドアがノックされた。私とシュートは慌てて戦闘体勢をとる。ウイングさんは無防備に気絶してるけど気にしない。気にしたら負けかなと思っている。
「入ってもいいですかー?」
作品名:meet again 作家名:皆戸 海砂