幸せの足音
慎重に彫り進められる、小さな丸太。
ハクオロの顔の感触を思い出しながら、何度も削った箇所を確認する。
ここは髪、ここは目、ここは鼻……ここは唇。
完成にはほど遠いが、毎日少しづつ彫り進められる丸太。
目の見えないユズハが刃物を持つと、周りにいる者達が心配するので、誰もいない時しかできないが。これもユズハの楽しみの1つだった。
一通りの確認を終え、作業を再会しようとしている所に、珍しい足音がユズハの部屋の前で止まった。
彼はあまりこの部屋に顔をださない。
部屋の前の廊下を早足に通りすぎる事は、日に何度もあるが。
「失礼します」
そっと扉を開き、ベナウィが顔を覗かせる。
「ベナウィさま……ユズハに何かご用ですか?」
「いえ、オボロが来ていないかと思いまして」
部屋に入らず、首だけをめぐらし中を確認。
「……ここには来ていないようですね」
「ハイ。お兄さまとはお昼に御会いしたきり……この部屋にはいらしてません」
「そうですか」
身内を庇うためとはいえ、ユズハは嘘をつかない。
それがわかっているので、ベナウィもあっさりと引く。
「……もしオボロが来たら、私が探していた事は『伝えないで』、できるだけ引き止めておいて下さい」
ユズハは、ベナウィの奇妙な言い回しに首を傾げた。
世間知らずではあるが、決して愚かではない。
しっかりと言葉を聞き分ける力をもったユズハに、ベナウィは苦笑する。
この感の良さが、兄オボロにもあれば、と。
「それでは、失礼します」
「ハイ」
ベナウィが踵を返す音。
それに続くはずの音がない事に、ユズハはまたも首を傾げる。
「ベナウィさま?」
「怪我をしないように、気をつけて下さい」
去り際になって、ユズハの手に握られた小刀に気がついたようだ。
さり気なく注意を促す。
「ハイ」
ユズハの素直な返事に微笑み、ベナウィは今度こそ扉をしめた。