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トランバンの騎士

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「帰る術とやらを思いだしたら、私が必ずそこへ送っていくと約束しよう」
「……はい」
 佳乃には、自分の言葉をイグラシオがどのように受け止め、理解したのかはわからない。
 が、矛盾した回答しか返せない自分に対し、イグラシオが取れる最大限の譲歩が『今は諦めろ』であり、『送っていく』という『約束』の言葉に繋がることは理解できた。
 『思い出したら』というイグラシオの言葉に、まだ僅かな誤解があることはわかったが、佳乃は素直に頷く。
 今は―――そうすることが最良の方法だと、思った。



 ゆっくりと歩く馬の背に揺られながら、佳乃はエンドリューの肩越しに前方の馬に乗るイグラシオを見つめる。
 ほんの少しお尻が痛かったが、文句はいえない。
 あの後、結局盗賊に巻かれてしまった、と戻ってきたエンドリューと合流し、佳乃はエンドリューの馬へと乗せられた。イグラシオの馬に乗って先に村へと戻らなかった理由としては――イグラシオの手が血で汚れていたということがある。すでに乾いているとはいえ、血で女性を汚すわけにはいかない、と一人で馬に乗れない佳乃を気遣い、イグラシオがエンドリューを待ったのだ。
 他意はない。おそらく。
 背を向けたまま一度も振り返らないイグラシオに、佳乃はそっとため息をはく。
 彼には、まだお礼も謝罪も伝えられていない。
 とはいえ、なんと言って声をかければいいのか。そう考えている間に、馬は村の中へと入り、あっと言う間に孤児院の前まで辿り着いてしまった。



 エンドリューの手を借りて馬の背を降りる佳乃を見つめ、イグラシオは考える。
 佳乃の出自については、エンドリューの当て水量があながち外れてはいないのかもしれない。良くも悪くもおっとりとした佳乃の性格では、農家の娘としては生きてこられなかっただろう。
 とくに、トランバン領内では。
 佳乃のようなのん気な性格の娘に育つには、生活に余裕が無ければならない。それは平和ボケとも言う。日常的に食事に困った事が無いので、平気で他人に自分の食事を分ける。命の危険になど晒された事がなかったのか、騎士と盗賊が目の前で剣を抜くような状況に陥っても、まず逃げ出して己の命を確保するのではなく、その場で腰を抜かしていられるのだ。
 佳乃からは、『生きるために必要な力』が欠片も見とめられなかった。
 トランバンに戻ったら、一度身元を調べて見た方が良さそうだ。
 行方不明になった貴族や富豪の娘であれば、捜索願が出されているはず。
 帰る場所は判るのに、帰る方法がわからないと、矛盾ばかりを口にする佳乃が、『帰る方法』とやらを思い出すより、そちらの方が確実なはずだ。
 馬から下りた佳乃の腰にイオタが抱きつくのを見ながら、イグラシオは今後の佳乃の処し方を考える。



「え? なに?」
 馬から降りて早々、自分の腰へと抱きついてきたイオタに、佳乃は瞬く。
 孤児院の門の前に立つ双子とイオタ――3人の子どもの姿に、遠目に可愛いなぁ……とは思っていたが。まさか、自分に対してここまで熱烈な『歓迎』をしてくれるとは思わなかった。
 何も言わず、ぎゅっと力を込めて体を寄せるイオタの茶色の髪に、佳乃は手を添える。戸惑いながらもその髪を指で梳くと、イータが口を開いた。
「お姉ちゃん、ごめんなさい」
「テータたちがおねえちゃのご飯食べちゃったから、怒って出ていった?」
「ごめんなさい」
 つたない言葉でそう詫びる双子に驚き、佳乃は瞬く。視線を落とすと、イオタも物言いたげに佳乃を見上げていた。相変わらず口を開くことはなかったが、どうやら双子と同意見らしい。
 佳乃が黙って出て行ったのは、自分たちの責任だ、とその小さな胸を痛めていたようだった。
「……違うの。わたしが森に行ったのは……」
 今にも泣き出しそうな顔をしている3人の子どもに、佳乃は腰を落とす。視線を合わせ、誤解を解こうと口を開き――ぐぅっと腹がなった。
「あっ……」
 なにやらしんみりとした雰囲気に逆らい、のんきな悲鳴をあげた自分の腹に、佳乃は頬を赤く染める。
 何も、今、このタイミングで鳴ることはないじゃないか、と自身の腹の虫に腹を立てた。
 そういえば、昨夜はハーブティーをご馳走になっただけで、夕食は食べていない。昼食のような朝食は、子ども達にあげてしまった。ということは、昨日の昼食以降、自分はまともに食事を取っていないことになる。時間にして、丸一日以上だ。いかにのん気な佳乃の腹の虫とはいえ、悲鳴の一つもあげたくはなるだろう。
「なんだ、意外に元気が……痛っ」
 森の中では泣きそうになっていたくせに。そうイグラシオは苦笑を浮かべようとして、真新しい傷のある頬が引きつった。
 僅かに漏れた悲鳴に、佳乃は心配気にイグラシオを見上げる。
「大丈夫ですか?」
「……気にする必要はない」
「でも……」
 自分の腹の虫に恥じらい、頬を緩めた佳乃が、イグラシオの痛苦に眉をひそめる。昨夜から今日にかけ、ようやく見えた佳乃の不安以外の表情が、一瞬にして曇ったことが悔やまれた。
 じんじんと引きつる頬を布越しに撫でつけ、イグラシオは話題を変える。
「それよりも、ネノフに小麦を少し渡しておいた。今日のところは……」
 と、イグラシオが全てを口に出す前に、孤児院の扉が開いた。
「今日は特別ですからね」
 そう言いながら建物の外へと出てきた老女が、佳乃に微笑む。
 その微笑に佳乃が首を傾げると、老女は佳乃を建物の中へと誘った。



 老女に誘われて佳乃が食堂へと入ると、テーブルの上にはパンケーキが用意されていた。
 さすがに湯気は出ていない。佳乃達が戻ってくる時間などわかるはずもないのだから、当然だろう。
 が、それ以上の驚きに、佳乃は瞬く。
 目の前には、『パンケーキ』があった。
 どこからどう見てもほんのりとした狐色に焼けた丸いパンケーキだ。間違っても『っぽい』とはつける必要はない。
 この世界にも自分に食べられそうなものがあったんだな、と感激し、佳乃は思い出す。『今日は特別』と老女はいった。ということは、このパンケーキはこの施設に住む人間からしてみれば、特別仕様ということだろう。おそらくは、牛乳、卵などが追加されての『特別』だ。朝食として出されたパンのようなものは、見た目と入っている材料が僅かに少ないだけの、紛れも無い小麦粉製品だったと今ならば思われる。
 そう思い至ると、佳乃は戸惑った。
 つまり、朝食を食べなかった自分に対して、老女たちが気を使ってくれているのだろう、と。気を使われる覚えは、自分にはないのだが。
「えっと……」
 どうお礼を言えば良いのだろうか。
 どう謝罪すれば良いのだろうか。
 そう佳乃が戸惑っていると、佳乃の手をイータが引く。佳乃はイータの小さな力に身を任せ、促されるままにパンケーキの用意された席へと座った。
「あのね、お腹がすいていると、かなしいの」
「お腹がすいていないと、元気なの」
 口々に言う双子に佳乃はパンケーキを見つめた。
 つまり、今は何かを言うよりも、まずパンケーキを食べろ、という事らしい。
「い、いただきます……」
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ