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トランバンの騎士

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 とりあえず手を伸ばしては見るが、戸惑う。目の前の食べ物は、どうみてもパンケーキだ。佳乃の常識としては、ナイフで切り分け、フォークで刺して食べる。が、目の前のパンケーキにはナイフもフォークも添えられはいない。子どもならば手づかみでも食べても良いかもしれないが、佳乃のような年齢のものが、年下の子どもの前で、そのような行儀の悪い食べ方をしてもよいものか――? と考え始めると、イグラシオから釘を刺されてしまった。
「残さず食べろ」
「え?」
 イグラシオの言葉に佳乃が視線を向けると、イグラシオの前にも用意されたパンケーキを、彼は小さく千切って――どうやら、本当に手づかみで良いらしい――イオタの口の中へと入れていた。
「遠慮をしたり、他の子どもに分けたりしていたら、ここでは生きていけない」
 そう言いながらも、イオタに続きテータの口の中へとパンケーキを入れるイグラシオに、佳乃は首を傾げる。
 イグラシオは、言っていることと、やっていることが矛盾している、と。
 首を傾げた佳乃の視線を受けて、イグラシオは言葉を続けた。
「私はちゃんと朝食を食べた。イオタは早く怪我を治さねばならないし、テータはもっと体力をつけなければならない」
 イグラシオの言葉に、佳乃はまじまじとイオタを見つめる。イオタはイグラシオから分け与えられたパンケーキを、ゆっくりと口の中で柔らかくなるまで咀嚼してから、飲み込む。今まで気がつかなかったが、イオタの細い首には白い包帯が巻かれていた。怪我を治すということは、イオタは故意に喋らないのではなく、喋れないのだ。少なくとも、傷が癒えてはいない今は。
 それから、佳乃は視線をテータへと移す。見た目には判らないが、テータにも体力を必要とする理由があるのだろう。イータもそれについては納得しているのか、イグラシオに自分からパンケーキをねだるような真似はしなかった。
「これまでどのような暮らしをしていたかは知らないが、ここに居る間は毎日食事が取れるかはわからない。食べられる時に、しっかりと食べておけ」
「……はい」
 食べろ、とイグラシオに怒られ、佳乃は素直にそれに従う。
 見た目は普通のパンケーキであったし、確かに腹も空いている。
 納得しているとはいえ、自分だけパンケーキを分けてもらえないイータに少しだけ申し訳なく思いながら、佳乃はパンケーキへと手を伸ばした。一口サイズに千切り、口の中へと入れる。
 味は、美味くはない。
 そのかわり、不味くもない。
 見た目は確かにパンケーキではあったが、味は少々物足りない。冷めている上に、ジャムもバターもつけていないので、なおさらだろう。
 が、世話になっている手前、贅沢も言ってはいられない。
 佳乃は黙ってパンケーキを咀嚼し、飲み込む。
 不意に視線を感じ佳乃が顔を上げると、イグラシオと目が合った。
 白い当て布に顔のほぼ半分を占められたイグラシオは、佳乃と目が合うと僅かに微笑む。
 その微笑の意図がわからず、佳乃は首を傾げるが、すぐにパンケーキを食べる作業に戻った。
 『今日は特別だ』と老女は言っていた。イグラシオの口ぶりから察するに、特別なのは材料の豪華さだけではないだろう。おそらくは、食事の時間外におやつ――例えば、今佳乃が食べているパンケーキ等――が出されることもないのだろう、とも。
 となれば、時間外に食事が出されたという証拠は、早めに片付けてしまった方が良い。他の食べ盛りの子ども達に見つかってしまっては、波風が立つのかもしれない、と。
 そう考えて佳乃は無心に口を動かす。

 ――これが、この世界での新しい生活の始まりだった。
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ