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トランバンの騎士

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【05章】誰がための祈り


 珍しくネノフの手が空いた午後。
 子ども達はネノフから文字を教わっているため、佳乃の側にはいない。
 本当ならば、佳乃もネノフから文字を学んだ方が良いのだが……今のところ、これといった不便は感じていなかった。孤児院のあるこの村には文字を読めない村人が何人もいたし、佳乃が文字を読む必要に迫られる予定もない。読めない本はネノフやデルタが読んでくれるし、『この世界』に知人の居ない自分宛に手紙が届くはずもない。
 佳乃は掃除道具を片手に、礼拝堂裏口のドアノブを回す。
「あ……」
 裏口のドアを開け、礼拝堂の中へと入った佳乃の目に、見知らぬ男の姿が映った。
 見知らぬ男――のはずだ。見覚えはない。が、僅かに既視感があるのも否定できない。
 胸に手を当て木製の女神像に祈りを捧げる男を観察し、佳乃は首を傾げた。
 男は鎧を着ている。ということは、村人ではない。
 佳乃の知っている鎧を身に着けた人物といえば、イグラシオやエンドリューのような騎士だけだ。というよりも、この2人しか知らない。否、もう一人知っているはずだ。彼とは直接言葉を交わした事はなかったが、盗賊に襲われイグラシオに救われた夜。イグラシオに命じられて逃げた盗賊を追い、後から合流していた騎士がいた。顔ははっきりとは覚えていないが、孤児院の食堂で一度顔を合わせている。短く刈りそろえられた髪と、頬に傷のある騎士。
 記憶に残る騎士の特徴を思いだし、佳乃は祈りを捧げる男を改めて観察した。
 髪は短い。頬の傷は残念ながら見えなかった。正面か逆側から見れば、あるのかもしれない。鎧の種類など佳乃には判るはずもないが、盗賊の着けていたような簡素なものではない。イグラシオやエンドリューよりは簡潔な形をしていたが、男が身に着けている物は胸当てなどではなく、たしかな鎧だ。
 祈りを捧げる騎士の邪魔をしないようにと、佳乃はこっそり覗いていた。そのつもりだったが、区切りが付いたのか顔を上げた騎士は、まっすぐに佳乃へと視線を向ける。
「あ、お祈り中でした……ね。失礼しました」
 ばっちりと目が合ってしまい、佳乃としては気まずい。
 礼拝堂は村に住むみんなの物だ。誰が祈りを捧げていようと、出て行く必要はない。が、こっそりと観察していたつもりであったが、その実しっかりと気づかれていたらしい騎士の様子に、居心地が悪かった。
 早々に裏口から退散しようと、離したばかりのドアノブに佳乃が手を伸ばすと、騎士が口を開く。
「いや、今終わったところですよ」
 印象としては、少し軽薄な響きを持った声音だ。残念ながら聞き覚えはない。ということは、知っているような気がしたのは、ただの気のせいだったのだろう。
 声をかけられた佳乃は騎士に振り返り、改めてその顔を見て――右頬に傷跡があるのを見つけた。
 やはり、見覚えがある気がしたのは間違いではない。
 目の前の騎士はイグラシオに保護された夜、あの場にいた騎士だ。
 そう確信したのだが、その名前までは思い出せない。そもそも、自分は彼の名前を聞いていただろうか? と眉をひそめて記憶を探る佳乃に、騎士は苦笑を浮かべる。
「自分は、閃光騎士団に所属するヒックスという者です。今日はうちの団長の代理で、こちらに物資を届けに来ました」
 礼拝堂にお邪魔したのは、ただのついでです、と続けたヒックスに佳乃は苦笑を浮かべた。ヒックスは、自分が佳乃の記憶にないと反応から悟り、先回りをして自己紹介をしてくれたのだ。
「わざわざありがとうございます」
 と、佳乃はイグラシオの好意と、ヒックスの行為に礼を言う。
 普段ならば、イグラシオの代理としてエンドリューが使いに来る。そのエンドリューが来ないという事は、彼も忙しいのだろう。騎士という仕事が具体的に何をするものなのか佳乃には想像することもできなかったが、少なくとも孤児院で子ども達と畑を相手にするよりは大変なはずだ。
「トランバンからここまでって、結構遠いのでしょう?」
 なにしろ、イグラシオもエンドリューも毎回馬にのってやってくる。
 確かに小麦や米の袋を馬の背に載せて運ぶという目的もあるだろうが、その目的の多くは移動のためのはずだ。トランバンまでどのぐらいの距離があるのかは知らなかったが、少なくとも村の外にある事は確かだ。イグラシオ曰く小さな村とはいえ孤児院のあるこの村は農村で、畑の面積を含めれば結構な敷地がある。
「遠いと言えば確かに遠いが、なんてことありませんよ」
 自分達の移動は、馬に寄るものだから、とヒックスは視線を佳乃から礼拝堂奥にある木製の女神像へと移した。
「ここの礼拝堂は落ち着きますし。……団長がいつまでもここに足を運ぶのも、頷けます」
 普通ならば、自分が育った家などというものは、成長とともに足が遠のくものだが。
 イグラシオの場合、足が遠のくどころか、最近はその回数が目に見えて増えてもいる。
 何が理由かは――さすがに言葉を飲み込んだ。それは自分が口にすべき事ではないと、ヒックスは知っている。
 視線を女神像に移した後、じっとそれを見つめるヒックスにつられ、佳乃も女神像に視線を移した。
「……トランバンには、礼拝堂はないんですか?」
 なにやら熱心に女神像を見つめるヒックスに、佳乃は首を傾げた。
 佳乃に仏像や神像の良し悪しは判らないが、孤児院の女神像はただの木製で、騎士が熱心に視線を注ぐような価値があるとは思えない。もしかしたら、ネノフのような修道士であったのならば、佳乃にもその価値が解るのかもしれなかった。
 が、残念ながら佳乃は寺の坊主であってもクリスマスを祝う日本人だ。神社と寺の違いぐらいは判るが、神像の良し悪しなど解るはずがない。
 そんな佳乃から見て、なんの価値もなさそうな女神像を、ヒックスは熱心に見つめている。ということは、なにか理由があるのだろう。そう考えて、佳乃なりに騎士が『小さな村の礼拝堂に来る理由』を挙げてみた。
 自分の発想ながら、それはさすがにないだろう、とも否定して――しばしの沈黙の後、騎士は盛大に笑いだした。
「あ、あの……」
 笑い始めたヒックスに、佳乃は戸惑う。
 確かに自分でも可笑しな事をいった自覚はあるが、大笑いされるほどに可笑しな事をいったつもりはない。せいぜい、失笑を買う程度であろう。
 にもかかわらず、目の前で騎士は笑っている。それも、大笑いと言って良いほどの反応だ。
「いや、悪い、悪い」
「?」
 必死に笑いを納めようとしているらしいヒックスに、佳乃は瞬く。いつのまにか、口調までもが崩れていた。おそらくは、今使われている言葉遣いが、彼の『素』だ。イグラシオも子ども達の前では澄ましているが、時々ネノフの前で地を出すことがある。
「トランバンにも礼拝堂はあるが……まあ、なんていうか……俺はあそこじゃ祈る気にはならないな」
「祈る気にならない?」
 幾分笑いを納めたヒックスに、佳乃は首を傾げた。
 目の前の騎士は口調こそ軽薄な響きを持ってはいるが、信仰心がないわけではないはずだ。信仰心がないのならば、礼拝堂があったからといって祈りなど捧げないだろう。
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ